北海道産レッドビートから機能性色素”ベタニン粉末”抽出に成功 北大教授、DDS製剤化目指す

大学発

レッドビートに含まれる赤い色素「ベタニン」の研究を続けている北海道大学大学院農学院の橋床泰之教授は、生産者と協力しながら北海道の新たな名産品としてレッドビートの安定供給を図るとともに、ベタニンの特性を活かした化粧品やサプリメントの開発を目指している。札幌近郊で例年より遅めの初雪が観測された11月20日、橋床教授の案内で、年内最後となるレッドビートの収穫を予定していたサンファーム齋藤農園(北海道恵庭市)を訪ねた。

レッドビートの収穫は雪が降るまで。取材に訪れたこの日が今年最後の収穫となった

赤ビートや赤ビーツとも呼ばれ、ロシア料理のボルシチなどの材料として使用されるレッドビートは、砂糖の原料となる甜菜の仲間だ。日本ではあまりなじみのない根菜であるが、ヨーロッパでは”奇跡の野菜”と呼ばれ、日常的に消費されている。リオデジャネイロ五輪(2016年)の男子マラソン金メダリストであるエリウド・キプチョゲ選手がレッドビートジュースを愛飲していたことで、レッドビートは”機能性野菜”として注目を集めはじめている。

「植物には4大色素があります。脂溶性のカロテノイドとクロロフィル、水溶性のフラボノイドとベタレインです。ベタレインは、赤い色素”ベタシアニン”と黄色の色素”ベタキサンチン”に分類され、レッドビートにはベタシアニンの一種である”ベタニン”が豊富に含まれています。ベタニン色素には極めて強い抗酸化能が認められており、疲労回復効果のほか、老化を遅らせる効果なども期待されています」と話すのは、2007年から研究材料であるレッドビートの栽培とベタニン色素の抽出法や機能性研究を手がけてきた橋床教授だ。

レッドビートの色素成分”ベタニン”について解説する北海道大学の橋床泰之教授(左)と編集部の田中(右)

寒冷地での栽培が適しているとされるレッドビートだが、道内での生産は近年までほとんど見られなかった。橋床教授によると、「赤カブの仲間と思われがちですが、レッドビートはホウレンソウと同じヒユ科で、アブラナ科のカブとは別物です。ロシアの童話『おおきなかぶ』のモデルはレッドビートというのが定説となっています。わが国でのレッドビートの安定供給は、冷涼な北海道に地の利があります。2018年にはホクレンと連携することになり、作付面積と消費・利用の拡大を図っています」とのことだ。

土の中で大きく成長するレッドビート。デトロイトダークレッドとムーランルージュという品種が栽培されている

橋床教授がレッドビートの研究に取り組むようになったのは、ベタニンを大量に含む植物が、ほかの植物のほとんど育たない強酸性土壌や強アルカリ性土壌、塩集積地域などで生育でき、次世代まで残っていく生命力に魅了されたからだ。それが人間の健康効果の研究にまで繋がっていった。

「経口摂取した水溶性のベタニンは胃酸にも安定で、胃や十二指腸から効率よく吸収され、血中に入ると門脈を経て速やかに体内を巡るとされています。レッドビートを食べると尿が赤くなるのは、ベタニンが速やかに吸収されている何よりの証拠です。食物繊維やオリゴ糖も豊富で、”奇跡の野菜”と呼ばれるのも納得できます。長期保存性さえ克服できれば、ベタニンはイミダゾールジペプチドを超える疲労回復剤になりうると考えています」と、橋床教授は解説する。

橋床泰之教授は純粋で安全なベタニン粉末を大量生産する技術を確立。長期安定化など改良を重ねている

研究室での実験だけでなく畑にも足を運び、土に触れ、北の大地における新たな取り組みを見守ってきた橋床教授の頭の中では、すでに” 遠くない未来の姿”が描かれている。

橋床教授によると、「2段階の精製過程で、純粋・安定かつ安全なベタニン粉末を量産する製法を2年前に開発しました。この調製法で得た高純度ベタニン粉末は、分子標的薬のような形で狙った細胞に有効成分を送り込む試薬原料として有用であることも、だんだんわかってきました」ということだ。

最近の研究では、調理時には取り除く皮に比較的多くのベタニンが含まれていることがわかってきたそうだ。ゼロエミッションと高度付加価値化研究は、着実に前進している。橋床教授の研究の実用化に協力を惜しまない生産者仲間の存在もある。現場を訪ねて、レッドビートの安定供給と高度付加価値化の実現は近いと確信した。

寒くなると緑色だったレッドビートの葉は赤く色づくそうだ

「寒さが厳しくなると、見てのとおり、夏には緑色だったレッドビートの葉まで赤く色づいてきます。環境に適応しようとする植物の力です。今後、可食部や皮、茎や葉といった部位ごとのベタニン含有量の違いや季節変動についても調べ、すべての部位を通年で有効に利用する手立てを考えていきたいと思います。可食部以外のレッドビートの有効利用法開発の余地も、まだまだありそうです」と話す橋床教授。無限の可能性を秘めた北海道発レッドビートの研究は始まったばかりだ。

日本の身土不二 編集部

“機能性研究”という切り口で、農産物・海産物といった地域資源の高度付加価値化、ゼロエミッションの取り組みを取材しています。