カスベ由来の糖鎖オリゴマー、産官学で低分子化に成功 ヘルシーDo認定で全国展開に向け前進

地域発

北海道の産学官で、「カスベ」と呼ばれるエイから抽出されたコンドロイチン硫酸オリゴ糖の研究が進められている。2018年9月に「北海道食品機能性表制度(ヘルシーDo)」に認定されたばかりの”機能性新素材”の話を聞くため、札幌市にある北海道立総合研究機構工業試験場を訪ねた。

太平洋や日本海、オホーツク海に囲まれ、海の幸に恵まれている北海道。エイもその一つだ。エイといえば、多くの地域ではアカエイが一般的なのに対し、北海道ではガンギエイが主に食されている。ガンギエイは道内で「カスベ」と呼ばれ、煮つけ、から揚げ、刺身などが定番のメニューとして親しまれている。日本におけるガンギエイの漁獲量の50%は北海道で、そのうち半数は稚内市で水揚げされているそうだ。

「道民にとってなじみ深いカスベだが、スーパーや飲食店に流通しているのはヒレの部分だけで、そのほかの軟骨や皮は廃棄処分されてきた」と話すのは、道総研工業試験場の松嶋景一郎主査(環境エネルギー部)だ。松嶋主査が所属する工業試験場では、北海道産資源のブランド力を高めるための技術開発や試験研究などをサポートしている。

流通しているのはエイのヒレのみで軟骨は廃棄されてきた

カスベの研究が始まったのは18年前のことだ。複数の道内企業と北海道大学と共同で「サケ鼻軟骨中のコンドロイチン硫酸」の実用化研究を行っていた道総研・釧路水産試験場に、カスベ軟骨由来コンドロイチン硫酸の粉末化・製品化について、丸共水産(北海道稚内市、宮本宜之社長)から問い合わせがあったのがきっかけだった。

「すり身など魚の加工品の生産量が減少している時代だ。カスベの高次利用の着想は先見の明といえるだろう。当時30代だった私が初めてメインの担当として指名され、北海道大学と丸共水産との研究がスタートした。2001年にはカスベ軟骨からコンドロイチン硫酸を抽出することに成功し、その後、製造法の改良のほか、コラーゲン、ヒアルロン酸製品の開発にも取り組んできた」と、松嶋主査は振り返る。

コンドロイチン硫酸オリゴ糖の開発秘話について話す道総研工業試験場の松嶋景一郎主査

2006年、「超臨界・亜臨界水を利用した天然物高度利用マイクロ空間反応システムの開発」というJSTのシーズ発掘試験研究に取り組んでいた松嶋主査は、コンドロイチン硫酸の低分子化に向けて動き出した。ウロン酸とアミノ糖が交互に並ぶ直鎖状の多糖類であるコンドロイチン硫酸は、医薬品や健康食品として認知されているものの、人間の消化管における消化吸収率は高くないとされている。そうした中、カスベ軟骨コンドロイチン硫酸の低分子化を研究対象の一つとして選んだのだ。

当初、低分子化を試みたコンドロイチン硫酸の収率は70%程度にとどまった。収率とは、簡単にいうと、高分子の状態構造を壊すことなく、コンドロイチン硫酸からオリゴ糖をどれだけ作れるかという指標である。目標の100%に及ばなかったのは、反応システムを最適化する構造解析技術を持ち合わせていなかったためだ。

コンドロイチン硫酸オリゴ糖の開発は難航したが、松嶋主査は、低分子化反応と同時に起こる副反応を抑える”高温・高圧水マイクロ化学プロセス”の技術確立に向けた研究を続けた。

コンドロイチン硫酸オリゴ糖の研究パネル。道総研工業試験場にて

転機は2008年に訪れた。2007年に着手した”道産天然ホタテの煮汁”を原料とする高付加価値・香味調味料の開発事業で、高温・高圧水マイクロ化学プロセス製造システムの構築に成功したのだ。この技術の応用によって2011年、プラントレベルのコンドロイチン硫酸オリゴ糖製造システムが完成した。

産官による製造システム開発の裏には、「学」に蓄積された知の活用もあった。コンドロイチン硫酸をはじめとする「グリコサミノグリカン」と呼ばれる糖鎖研究の世界的な大家である北海道大学(大学院先端生命科学研究院プロテオグリカンシグナリング医療応用研究室)の菅原一幸教授と山田修平准教授(いずれも当時)の知見により、複雑な構造解析が可能になったことが、オリゴ糖製造法確立の決め手となったそうだ。

「産官学による研究が実を結び、オリゴ糖の収率は90%以上となり、低コストでの量産も可能となった。ホタテ煮汁も商品化に成功して、丸共水産から販売されている」と、松嶋主査は笑顔で説明する。

コンドロイチン硫酸オリゴ糖製造システム

コンドロイチン硫酸オリゴ糖の開発と並行して、健康効果の検証も進められた。動物実験では、自己免疫疾患モデルマウスに対する抗炎症効果が認められ、人間を対象とした試験ではロコモティブシンドロームの改善効果などが確認されている。

コンドロイチン硫酸オリゴ糖含有商品が発売された2013年には、「北海道新技術・新製品開発賞(北海道経済部)」の食品部門で大賞を受賞。2018年9月には、ヘルシーDoにも認定された。研究から約20年のときを経て、コンドロイチン硫酸オリゴ糖は身近な商品となりつつある。

松嶋主査は、「最近は大手医薬品メーカーからも問い合わせがくるようになった。研究者としては、実用化された研究テーマが人々の暮らしに役立つことを願うばかりだ。より多くの人に、いかにして情報を届けていくかというのが課題だ」と話している。

日本の身土不二 編集部

“機能性研究”という切り口で、農産物・海産物といった地域資源の高度付加価値化、ゼロエミッションの取り組みを取材しています。