万葉集でも詠まれた富山のアシツキ 培養技術確立 藍藻の機能性素材開発に向けて前進 富山県立大

地域発

アシツキという藍藻を培養によって安定的に生産し、新たな特産品をはじめ、機能性食品・化粧品の開発を目指す取り組みが産学連携で進められている。富山県の一部地域で天然記念物に指定されているアシツキ研究の最前線について、富山県立大学の奥直也講師に話を聞いた。

藍藻類は“藻”とつくものの、乳酸菌や納豆菌と同類のバクテリアだ。代表的なものには、スーパーフードとして認知されているスピルリナなどが挙げられる。現在、日本で採取できる主な食用藍藻は、スイゼンジノリ、イシクラゲ、アシツキの3種類。富山県立大学工学部生物工学科の奥直也講師(微生物工学講座)は、食用藍藻の機能性の解明に取り組んできた。

富山県の一部地域で天然記念物に指定されているアシツキ

奥講師が富山県立大学に赴任したのは、2009年のこと。所属する研究室では、「放線菌」と呼ばれるバクテリアが生産する物質(二次代謝産物)について研究している。これまでに、富山県の海洋深層水や植物から分離した放線菌由来の新規物質をいくつも発見してきた実績を持つ。

「藍藻の研究を始めたいという研究室の方針を受け、素材のリサーチを進めた結果、古くには県内の一部地域で餅などとして食されてきた記録の残るアシツキに興味を持った。生活史や発生環境、分布など、調べれば調べるほど研究対象としておもしろいものだと思った」と話すのが、奥講師だ。深緑色の寒天質のアシツキは、春から夏にかけて清流の岩やコンクリートで見ることができる。湧水域を好むようだが、どのような条件下で発生するのか、いまだによくわかっていない。

アシツキの酢の物と煮こごり

アシツキは『万葉集』にも登場している。越中国守だった歌人・大伴家持は、「をかみがは(雄神川)くれなゐ(紅)にほふをとめ(娘子)らしあしつき(葦付)取ると瀬に立たすらし」と詠んでいる。なお、“水の王国”を標榜する富山県の3つ地域において「上麻生のあしつきのり」「西広上のあしつきのり」「大清水のあしつき」は天然記念物に指定されている。

『万葉集』でも詠まれた天然記念物のアシツキ

藍藻類は、さまざまな生物活性物質を生産することが報告されている。「富山ゆかりの藍藻であり、万葉の昔から食されてきたにも関わらず、成分研究がほとんど手つかずのアシツキは、機能性物質の探索源としてとても魅力的だった」と奥講師は振り返る。

天然記念物として保護されている地域でアシツキを採取することはできない。「富山県生物学会の須河隆夫理事が利賀川流域にアシツキの大群落を発見した」という情報を頼りに、奥講師が須河氏に協力を要請したところ、アシツキによる地域おこしを年来唱えていた同氏の案内による群生地入りが実現した。

利賀川のアシツキを採取して研究を進めてきた奥直也講師

利賀川で入手したアシツキからエキスを調製し、計9種の細菌・酵母・カビを対象に生育阻害試験を実施した結果、黄色ブドウ球菌に効く成分が含まれていることがわかった。成分の正体を明らかにすべく、エキスを分離精製した後、機器分析を駆使することで構造は特定された。奥講師によると、「抗菌作用をもたらす物質は、めずらしい構造の高度不飽和脂肪酸だった」とのことだ。アシツキが抗菌物質を持つことが、初めて明らかになった。

研究成果が公表されると、藻類に特化した機能性食品や化粧品の研究・開発を手がけるマイクロアルジェコーポレーション(岐阜市)から声がかかった。同社代表の竹中裕行社長は、九州共立大学で教鞭を執ったこともある藻類研究のスペシャリストだ。「生息地が激減しているアシツキを後世に残す必要がある」と考え、竹中社長もアシツキの情報収集やほかの食用藍藻の研究を20年以上続けていた。

奥講師は、須河氏とともに竹中社長をアシツキの群生地に案内した。2015年10月のことだ。富山の貴重な天然資源を守りつつ利用研究を進めるために、竹中社長はアシツキの培養に乗り出すことを決意した。

培養技術の確立によって生息地が激減しているアシツキを守ることができる

先述のとおり、アシツキの生育条件はほとんどわかっていない。そのため、アシツキの培養には苦労を要した。同年に着手した利賀川産アシツキの培養実験は、失敗に終わった。2016年6月に、利賀川で再びアシツキを採取。今度はいわゆる“水が合わない”という状況を克服するために、利賀川の水を人工培養液に少しずつ置き換えていきながら、マイクロアルジェコーポレーション社にて慎重にアシツキの育種が進められた。

「利賀川の水に対する人工培養液の割合を少しずつ上げていき、各段階で生き残った細胞を選抜し、増やしていった。細胞が途中で死滅したら、作業は振り出しに戻る。何度もやり直しながら、100%人工培養液で増えるアシツキの細胞株を樹立した」とは、竹中社長の話だ。2018年6月、ついにアシツキの培養が可能となった。

アシツキ粉末を練り込んだ「万葉そば」

奥講師と二人三脚で研究を続けてきた竹中社長は、「培養のノウハウは地元企業に技術移転して、“富山の宝”としてアシツキを守っていくのが重要だ」と力説する。現在、南砺市商工会利賀村事務所と連携して、アシツキ粉末を練り込んだ「万葉そば」の開発を進めているそうだ。

アシツキの安定供給が実現すれば、発生シーズンを待つことなく研究を続けることができ、より注目度の高い健康機能性の調査も可能となる。奥講師は、「アシツキの認知は高いとはいえない。竹中社長とともに、機能性食品や化粧品素材としてアシツキを活用する研究を続け、地域おこしに繋げていきたい」と話している。

日本の身土不二 編集部

“機能性研究”という切り口で、農産物・海産物といった地域資源の高度付加価値化、ゼロエミッションの取り組みを取材しています。