岩手県産マナマコで口腔ケア 高齢化で増加する口腔カンジダ予防・改善の切り札になるか

地域発

岩手生物工学研究センターでは、雑穀、ほうれん草、シイタケ、イサダ(ツノナシオキアミ)など、岩手県産の農林水産物の健康機能に関する研究開発が進められている。三陸沿岸で漁獲されるマナマコも、研究対象の一つだ。近年の研究で、マナマコの持つ抗カビ効果が、口腔カンジダ症の予防・改善に役立つ可能性が見えてきた。

日本各地に生息しているナマコは、体長20~30㌢、太さ5~6㌢ほどになる棘皮動物で、ウニ、ヒトデ、クモヒトデ、ウミユリなどの仲間にあたる。

日本近海では年間6000㌧ほどのナマコが水揚げされている。北海道、青森、山口で漁獲量の半数を占めるが、岩手県、宮城県の三陸沖でも年間100㌧ほどの良質なナマコが取れる。北東北よりも北のナマコはトゲが多く、品質がいいと評される。

日本人とナマコは身近な存在で、日本最古の歴史書とされる『古事記』にもその記述が見られ、日本では古くからナマコは食されてきた。世界には約1400種、日本には約200種のナマコが生息している。そのうち30種程度が食用とされているそうだ。一方、中国では海の朝鮮人参“海参”として一般的に乾燥ナマコが流通しており、健康食品として珍重されてきた。

マナマコには抗カビ成分の「ホロトキシン」が含まれている。京都大学薬学部の島田恵年氏による研究の成果で、1969年3月、アメリカの科学雑誌『サイエンス』に掲載された。

マナマコの抗カビ効果に目をつけた研究者の一人が、地元の水産物の研究を続けていた岩手生物工学研究センターの矢野明さん(生物資源研究部・健康機能探索チーム)だ。岩手県でのナマコの用途は自家消費が中心で、高次加工されて県外に出回ることが多くないという背景もあった。

「岩手医科大学病院で、口腔カンジダ症の問題を抱えるガン患者とガン経験者がいることを知った。沿岸で聞いた抗カビ性を持つナマコが、患者さんの助けになるのではないかと考えた」と話す矢野さん。ガン患者やガン経験者の生活の質を上げ、三陸発のマナマコの製品化にもつながる研究がスタートした。2011年のことだ。

マナマコの抗カンジダ活性を調べる試験のようす

口腔カンジダ症は、口の中の常在菌であるカンジダというカビ(真菌)によって起こる口腔感染症の一つだ。カンジダが増殖すると、舌が菌で白くなったり、発赤やびらんが生じ、痛みで飲食にも影響が出る。乳幼児や高齢者のほか、糖尿病やガン患者など免疫力の弱い方に発症しやすいとされる。実際、岩手県内の高齢者(64~102歳)を対象にした調査では、健康な高齢者ほどカンジダは検出されにくいことが確認されているという。

矢野さんと岩手医科大学の研究チームは、県内の特別養護老人ホームの要介護者を対象に、マナマコの抗カンジダ活性を調べる試験を実施した。コラーゲンが豊富なナマコの特性を活かし、要介護者でも食べやすいゼリー状の食品を開発し、施設利用者の食後のデザートとして提供するというものだ。

試験参加者を9人と8人の2つのグループにわけ、前者にはマナマコ入りゼリーを、後者にはマナマコを含まないゼリーを1週間、朝・昼・晩の食後に食べてもらった。その結果、ナマコゼリーを食べてもらったグループの舌と頬のカンジダは、試験前よりも減少していることがわかった。統計的に意味のある違いを指す有意差が確認されている。

矢野さんは、「口腔カンジダ症に一度なってしまうと治療後も再発しやすい。マナマコ加工食品を利用することで、粘膜を保護して再発を防ぐことができる可能性がある。長い食経験があるナマコを利用することがポイントだ」と話している。

全国には現在、500万人以上の要介護認定者がいるとされる(2012年)。岩手県における調査結果が示すとおり、口腔内でカンジダが増加している人は少なくないと推測されている。岩手生物工学センターの研究がさらに発展し、要介護者やガンなどにより口腔ケアを必要とする方の選択肢の一つとして、マナマコ製品が利用されることが期待されている。

日本の身土不二 編集部

“機能性研究”という切り口で、農産物・海産物といった地域資源の高度付加価値化、ゼロエミッションの取り組みを取材しています。