桜島大根“トリゴネリン”で血管しなやか モンスター大根、動脈硬化予防・改善に役立てて 鹿児島大

大学発

世界最大のダイコンとしてギネスブックに認定されている桜島大根。最近の研究で、血管をしなやかにする“トリゴネリン”という成分が豊富に含まれていることがわかってきた。米国の学術誌でも「心臓病との闘いを助けるモンスター大根」として取り上げられた鹿児島県の特産品。中心となって研究を推進してきた鹿児島大学農学部の加治屋勝子講師(食料生命科学科生分子機能学研究室)に話を聞いた。

桜島大根が栽培されている桜島。小規模な噴火を繰り返している

「鹿児島大学に来たのは2013年のこと。それまでは山口大学大学院医学系研究科にいたが、病気の予防や病気になる前の未病での対応の重要性を痛感してきた。現在、専門である食品栄養科学、食を中心とした健康について研究している」と話すのが、加治屋講師だ。

隣接する宮崎県と並び、1000人あたりの1次産業従事者が全国で最も多い鹿児島県。山口から研究の場を移して間もなく、鹿児島市で開催された講演にて、加治屋講師が食・健康・観光という切り口で食料基地・鹿児島の可能性を紹介したところ、鹿児島県農業開発総合センターの担当者から声がかかった。2014年、鹿児島県産農産物のスクリーニングが本格的に動き出した。

大きなものになると30㌔以上の重さになる桜島大根。トリゴネリンという成分が豊富

「狭心症や心筋梗塞、脳梗塞といった病気をなくしたいと考えている。これらはいまだに命にかかわる病気だ。マヒなど後遺症が残ることも少なくない」と、加治屋講師は動脈硬化の予防に狙いを定めた。

「内膜(内皮細胞)」「中膜(平滑筋細胞)」「外膜(コラーゲン繊維層)」という3層からなる血管は、心臓の鼓動を受けてゴムホースのように伸縮しながら血液を全身に運んでいるが、老化のほか、強い酸化ストレスなどを受けると硬化が進み、しなやかな動きは徐々に失われていく。

「血管の伸縮を調節しているのが内皮細胞だ。その働きを高める農産物がないか、一つずつスクリーニングしていった」と振り返る加治屋講師だが、“新発見までの道のり”は平坦なものではなかった。当時、研究レベルで血管内皮機能を正確に測定することのできる機器が存在していなかったからだ。

加治屋講師いわく「ないなら、作ればいい」という発想で、光関連の電子部品・電子機器の製造・販売を手がける浜松ホトニクス(静岡県浜松市、晝馬明社長)の協力のもと、「蛍光・化学発光同時計測装置」を使った測定法が開発された(特許出願済「特願2017-112908」)。

新装置開発後、春夏秋冬、「旬」のたびに県の担当者から提供されてきた果樹、野菜、コメといった農産物は、調査した種や果皮など、ふだんは食べない部位にまで細分化すると、2018年までに300を超えた。スクリーニングの過程で、高い反応が得られたのが桜島大根だった。

桜島大根はNO産生能が高いことがわかった(加治屋講師提供)

血管の伸縮には内皮細胞によって産生される一酸化窒素(NO)が欠かせない。加治屋講師によると、「桜島大根の一酸化窒素の産生能は、青首大根の4倍になることがわかった。有効成分であるトリゴネリンの含有量は、青首大根の60倍になることも確認されている。大根については、抗酸化作用のほか、高血圧や血栓の改善作用などが報告されており、“いけるのではないか”という期待と予感はあったが、想像以上の結果だった」とのことだ。

ヒト試験(天陽会中央病院との共同研究)でも効果は確認されている。1日170㌘の桜島大根を試験参加者(男性7人、女性7人、平均年齢33.9歳)に10日間食べてもらったところ、血中トリゴネリン濃度と血管内皮機能(FMD値)の改善が認められた。「桜島大根に含まれるトリゴネリンが血管内皮機能改善に寄与している」というのが、加治屋講師の見立てだ。なお、170㌘はおでんの大根2切れ程度、大根おろしなら成人の手のひらに乗る程度。毎日、無理なく食べられる量だ。根・皮・葉、すべての部位にトリゴネリンが同程度含まれることもわかっている。

加治屋講師は現在、桜島大根の成長に伴うトリゴネリン含有量の変化(1週間ごと)を調べている

2018年8月、加治屋講師らが論文を発表したところ、アメリカ化学会(ACS)から画期的研究トピックス「モンスター大根の成分が心血管疾患の抑制に役立つ」としてプレスリリースされ、海外メディアでも“鹿児島発”の情報が取り上げられた。

加治屋講師は生産者への感謝の気持ちも忘れていない。明治時代の最盛期に200㌶あった桜島大根の栽培面積は、1988年には1.5㌶まで縮小。現在は10㌶と微増している状況となっている。「桜島大根を守ってきた人がいるから、今回の研究成果が得られた。生産者から『おいしい大根が体にいいこともわかった。苦労もあったが、報われた気がする』という話を聞いた。うれしかった。生産量の拡大、高度付加価値化にも繋げていきたい」と、加治屋講師は話している。

鹿児島空港のある霧島市から陸路でも行ける桜島。夕暮れ時もおすすめ

桜島大根の新たな価値が見出されたいま、次の課題は地産地消の推進、加工品を含めた桜島大根の県外への流通量の拡大、おみやげ需要の喚起となる。鹿児島地域振興局が2019年に実施したアンケート調査では、関東圏における桜島大根の認知度が84%を超えるのに対し、食べたことのある人は16%にとどまっている。

現在、高血圧性疾患受療率は鹿児島県が全国1位(治療をきちんと受けているともいえる)。脳血管疾患による死亡率は男性が8位、女性が4位というのが現状だ。「地産地消、身土不二。“食卓に桜島大根”という食習慣が定着し、将来的に健康な鹿児島、経済的にも強い鹿児島になることを望んでいる」と、加治屋講師は話してくれた。

外貨獲得(県外・海外)の面では、急速冷凍などにより保存性も増しており、鹿児島を訪れる観光客のおみやげとしての消費拡大も期待されている。県内では朝食バイキングに桜島大根を取り入れるホテルも出てきているそうだ。

日本の身土不二 編集部

“機能性研究”という切り口で、農産物・海産物といった地域資源の高度付加価値化、ゼロエミッションの取り組みを取材しています。