フノリ由来”フノラン”、天然の粘り成分再評価 高齢者向け食品・文化財修復剤としての活用模索

大学発

太平洋沿岸をはじめ、日本に広く分布しているフノリ。食材としての用途のほか、和服の洗い張りの糊づけ、漆喰の保湿剤、絵画や書といった文化財の修復用接着剤としての用途など、古くから”天然糊”として使用されてきた。化学糊の普及に伴い消費量が落ち込んでいるが、フノリの価値が見直され、新たな食品開発に取り組む動きや、天然糊への回帰を求める声が出てきている。

フノリとは紅藻綱フノリ科フノリ属の海藻の総称。マフノリ、フクロフノリ、ハナフノリなど、いくつかの種類に分類される。冬が収穫の最盛期で、乾燥フノリは食用として流通している。水で戻したフノリは、みそ汁の具材やさしみのつまとして用いられている。

天然糊として工業用途でも活用されてきたとおり、フノリには天然の粘り成分が含まれている。粘性物質の正体は「フノラン」という多糖類の一種だ。京都府立大学大学院生命環境科学研究科の田代有里講師(応用生命科学専攻食品科学)は、学生時代からフノランに関わってきた。

岩手県洋野町小子内浜でフクロフノリを採集しているようす

「東京水産大学の学生だったころ、同じ研究室の友人の卒業論文のテーマがフノランだった。研究室の教授が、いまから約30年前にフノランの研究をスタートさせ、地道に研究を続けてきた。その後、私は同大学の教員となり、恩師の研究を引き継ぐことになった。フノランの粘性やゲル形成能は、海藻由来で化学構造の似ている寒天やカラギーナンと大きく異なる。フノランの分子特性の解明を進めてきた」と話すのが田代講師だ。

田代講師は、抽出・精製する条件によってフノリから得られるフノランの平均分子量や分子量分布には大きなバラツキがあり、その変動は特異で不安定であることなどを明らかにしてきた。そうした中、2010年ごろから、紫外線に弱く剥離しやすい合成樹脂を原因とする文化財の劣化損傷が確認され、天然修復材回帰の声が聞かれるようになった。2015年12月31日には、文化庁が文化財修復を合成樹脂から天然材料に切り替える方針を示している。扱う職人によって粘度(品質)が変わるフノリ由来フノランの品質保証が必要だった。

フノリの懸濁液を絞っているところ

三陸沿岸では、フノリの養殖が行われている。フノリの用途拡大が東日本大震災後の復興支援にもなりうると考えた田代講師は2014年、フノリ由来の”とろみ調整剤”の開発に乗り出した。誤嚥性肺炎の引き金となる嚥下障害があっても食べられる食品の開発を想定したものだ。

「フノランは、歯の石灰化を促進する成分として一部のチューイングガムに添加されている。ゲル化しにくいフノランなら、嚥下食プラスアルファの付加価値がある増粘剤になりうると考えた。いくつかの抽出条件で試験をくり返した結果、フノリから市販のとろみ調整剤と同等以上の粘度を得られることがわかった。フノランの添加量によって粘度が増すことも確認されている」と、田代講師は水産加工分野におけるフノリの新たな活用法を提示した。

砂の入ったフノリ。抽出・精製することで食品添加物としても糊料としても使用できる

久慈市内で研究成果を発表したところ、田代講師は岩手県内の漁協から「春以降のフクロフノリの藻体には砂が入って食用にはできないが、工業用途として活用できないか」という相談を受けた。未利用フノリは、漁業従事者の新たな収入源となる可能性を秘めていた。

「抽出・精製したフノランであれば砂は残らず、食品添加物としても糊料としても使用できると思った」と振り返る田代講師。久慈エクステンションセンター(岩手大学三陸復興推進機構)と共同で研究に着手。研究室の学生とともに岩手県洋野町小子内浜の海に入りフクロフノリを採集した。研究の末、”晒し処理”という工程を経たフクロフノリから白度の高いフノランの抽出精製に成功。粘度、剥離応力ともに、既存の増粘剤や糊料に劣らないことが証明された。

日晒し1日後のフノリ

「ポイントの一つとなった”晒し”は、東北ではあまりなじみがなかったようだ。着物をきれいに仕上げるために、京都では古くから採用されてきた技法だ。太陽からの電磁波で色素がきれいに変性し、抽出時間も短くて済む。微生物の影響を受けにくいため、耐久性にも優れていることがわかっている」と、田代講師の知識や経験などを” 関連づける力”による成果だった。工業原料としてのフノリ活用は、実用化への期待が高まっている。

「関心を示してくれた企業はいくつかあったが、残念ながら、いまのところは実用化に至っていない。オフシーズンの未利用フノリでも人件費や燃料代など原価が高くなりすぎることがわかってきた」と田代講師が話すとおり、課題はいくつか残る。

京都へ異動してから田代講師は、フノランの基礎研究を続けている。「復興支援のために、三陸産のフノリが誤嚥性肺炎の予防や文化財保護に活用されるときがくることを望んでいる」と話している。

日本の身土不二 編集部

“機能性研究”という切り口で、農産物・海産物といった地域資源の高度付加価値化、ゼロエミッションの取り組みを取材しています。