北見工業大学の新井博文教授は、“北海道の花”に指定されているハマナスの花弁に含まれる「テリマグランジンI」というポリフェノールの研究を続けている。新井教授がこれまでに行った実験では、酸化ストレス抑制作用とアレルギー軽減作用などが確認されている。ハマナスを原料とする新たな商品の開発を模索する企業もあり、研究のさらなる発展が期待されている。
ハマナスは、北海道に多く見られるバラ科バラ属の落葉低木。海岸の砂地に自生するほか、観賞用としても栽培されている。初夏から夏にかけてピンク色の花を咲かせ、秋になると赤い実をつける。北海道110年記念のさいに行われた一般公募で「純朴、野性的で力強い」「花の色が鮮明で、葉も美しい」「生命力が強く育てやすい」といった声が寄せられ、ハマナスは1978年に“北海道の花”に指定された。
北海道におけるハマナスの名所として知られているのが、北見フラワーパラダイスだ。同じ北見市にある国立大学法人北見工業大学では、ハーブティの原料としても使用されているハマナスの機能性研究が進められてきた。「アイヌ民族はハマナスを伝統薬草として利用してきたといわれており、機能性に興味を持った山岸喬教授らが中心となって、2004年ごろからハマナス花弁の成分分析などを続けてきた」と話すのは、同大学食品栄養化学研究室の新井博文教授だ。
新井教授は、2009年に北見工業大学に着任してからハマナス花弁成分の研究に加わった。新井教授によると、「ハマナス花弁に含まれている機能性成分は、主にテリマグランジンIというポリフェノールであることが確認できた。私たちはテリマグランジンIの生理機能として、酸化ストレス抑制作用と抗アレルギー作用を調べていった」とのことだ。
日本人の死因の上位を占める心疾患や脳血管疾患のリスクファクターの一つが生活習慣に起因する高LDLコレステロール血症である。いわゆる悪玉コレステロールとされるLDLの濃度が上昇すると、血管の内側を構成する内皮の微小損傷や喫煙などで生成した活性酸素種が、内皮を覆う内膜内でLDLを酸化する。
免疫細胞の一種であるマクロファージは、酸化LDLを異物として認識して貪食するが、その過程で泡沫細胞へと変化してアテロームと呼ばれる粥状硬化巣を形成して、血流を妨げたり遮断したりすることがわかっている。すなわち、酸化ストレスを軽減してLDLの酸化を抑制することはアテローム性動脈硬化症を予防する一助となる。
一般的にポリフェノールには抗酸化作用があることが知られている。「ハマナス花弁のテリマグランジンIは、分子内にガロイル基という構造を多く有しており、強い抗酸化活性があると予想された。ハマナス花弁抽出物とテリマグランジンIの抗酸化活性をさまざまな手法で検証するプロセスで、酸化ストレスに起因するアテローム性動脈硬化症などの疾病予防に有効ではないかと考えた」と、新井教授は実験の概要を説明する。
抗酸化活性評価は、実際にヒト血漿から分離したLDLを試験管内で評価試料と混合した上で、さまざまな活性酸素種によって酸化誘導した。新井教授によると、「LDLは脂質とたんぱく質で構成されている。実験の結果、ハマナス花弁抽出物とテリマグランジンIは、活性酸素種による脂質とたんぱく質の酸化修飾を両方とも抑制することが明らかになった」とのことだ。
その後の研究では、抗アレルギー作用が検証された。タマネギに含まれるケルセチンや緑茶に含まれるエピガロカテキンガレートなど、一部の食品由来ポリフェノールからはアレルギー抑制作用が見出されている。ハマナス花弁ポリフェノールにも同様の働きがあると考えた新井教授は、ハマナス花弁抽出物とテリマグランジンIの抗アレルギー作用を細胞実験により検証した。
「北見市端野町産のハマナス花弁を使って実験を行った結果、花粉症などのI型アレルギーにかかわる免疫細胞からのヒスタミンやロイコトリエンの放出を、テリマグランジンIが抑制することがわかった。ヒスタミン放出抑制活性については、ケルセチンやエピガロカテキンガレートに匹敵する活性があることが確認されている」と、新井教授は実験結果を解説する。
近年、全国各地で身近にある地域資源の価値を見直す動きが活発になっている。北海道では、ハマナスを原料とする商品の開発を模索する企業もあるそうだ。「今回ご紹介した研究では、アテローム性動脈硬化症の予防やアレルギーの軽減作用を示唆する結果が得られたが、実際の生体内での有効性の検証などが次の課題となる。さらに研究を続けていき、ハマナスを使った新商品の開発にもつなげていきたい」と、新井教授は最後に話してくれた。