2016年に設立された鳥取大学発ベンチャー企業のマリンナノファイバー(鳥取市、伊福伸介社長・鳥取大学大学院工学研究科教授)は、カニ殻由来の新素材「キチンナノファイバー」の実用化を目指している。アトピー性皮膚炎や潰瘍性大腸炎の悪化を抑制する製品が誕生するかもしれない。
鳥取県は、カニの水揚げ量日本一を誇る。鳥取県西部に位置し、ゲゲゲの鬼太郎の生みの親である水木しげる氏の出身地としても知られる境港は、国内有数のカニの水揚げ基地だ。境港では、ズワイガニのほか、ベニズワイガニも水揚げされる。漁期は10ヵ月と長く、加工された後に大量のカニ殻が廃棄されている。
カニ殻に目をつけたのが、京都大学でセルロースナノファイバーの研究をしていた伊福社長だ。伊福社長は、「京都大学を離れた後に研究員として勤務していたバンクーバーから日本に戻る飛行機の中で、鳥取大学ではカニを活用する新しい産業を興して、地域活性化にも貢献していきたいと考えていた」と、研究テーマに特産品を選んだ理由について振り返る。
樹木の主成分であるセルロースとカニ殻に含まれるキチンという成分が構造的に似ていることに着目した伊福社長。「カニ殻からキチンナノファイバーを取り出してみよう」というのが研究の始まりだったという。実験材料としてカニ殻を地元の旅館から提供してもらうと、1ヵ月もかからずにナノファイバーの抽出に成功した。2008年のことだ。
「薬品の入ったカニ殻を窯で煮て、たんぱく質やカルシウムを取り除いた後、粉砕機で処理していくと、髪の毛の太さのおよそ1万分の1、幅10㌨㍍という細い繊維が取り出せる。甲殻アレルギーの原因物質となるたんぱく質は殻には含まれていない」と伊福社長は解説する。水に溶けにくいキチンは加工が難しく、使い道は限定的だった。それに対し、キチンナノファイバーは水となじみがよく、ほかの素材と組み合わせやすいそうだ。
キチンナノファイバーの用途は幅広い。プラスチックにキチンナノファイバーを混ぜると、透明度は変わらず、強度は大幅にアップするという。「曲げられるスマートフォンやディスプレイに採用されることも将来的にはありうる」と伊福社長。パンなどの食感改良につながることもわかっているとのことだ。
幅広い用途の中、キチンナノファイバーの美容・健康効果にも注目が集まっている。「鳥取大学には国立大学では数少ない獣医学科がある。農学部にはキチンの研究室もあった。キチンナノファイバーに興味を持ってもらえた」と、伊福社長は学部間の垣根を超えて、それぞれの得意分野を活かしながら機能性の検証を重ねてきた。
これまでに農学部の東和生先生らと進めてきた動物実験では、キチンナノファイバーの塗布による肌のバリア機能の回復効果や保湿効果、経口投与による腸内環境の改善、腸の炎症抑制効果などが確認されている。「アトピー性皮膚炎や潰瘍性大腸炎の改善剤になりうる」と、伊福社長は研究成果に胸を張る。なお、最新の研究では、キチンナノファイバーの塗布による育毛・発毛効果も明らかにしているそうだ。