歯を失う最大原因として知られている虫歯や歯周病。最近の研究では、口腔内細菌が誤嚥性肺炎・糖尿病、心臓病・脳卒中などの発症・悪化にもかかわっていることがわかってきた。超高齢社会に突入したいま、その細菌バランスを守る口腔ケアはますます重要なものになっている。キーワードは「生かさず、殺さずの共生環境」。岡山大学では、食品由来のたんぱく質によって口腔内細菌の調和を保ち、“全身病”を予防する研究が進められている。
「口の中には700種類以上の細菌が存在し、歯の表面でデンタルプラークと呼ばれる歯垢が作られています。その中には、虫歯や歯周病を引き起こす特定の細菌が含まれています」と話すのが、岡山大学大学院医歯薬学総合研究科の高柴正悟教授だ。
現在、フッ素製剤や抗菌剤などが口腔ケアに使用されているが、それらは万能というわけではない。高柴教授によると、「フッ素では歯の主成分であるハイドロキシアパタイトを強化できるものの、プラークの形成は予防できません。また、抗菌剤は繰り返して用いると細菌に耐性ができてしまい、形成されたプラーク内部の深くまでは浸透しないという問題もあります。プラークができる初期段階での予防が重要です」とのことだ。
“バイオフィルム”とも呼ばれるプラーク。虫歯菌などが歯の表面で唾液成分の糖鎖に結合してできるもので、「初期付着」「後期付着」「成熟」という段階を経て、歯垢は形成されていく。初期付着の段階で手を打とうというのが高柴教授の基本的な方策だ。
「口腔内細菌と糖鎖が結合するのをブロックすればいいというシンプルな発想です。レクチンというたんぱく質には糖鎖に結合する働きがあるので、70種類ほどのレクチンを分析していきました。その結果、マッシュルーム由来レクチンが、“ミュースタンス菌”と呼ばれる虫歯菌の初期付着を妨害して、バイオフィルムを形成しにくくすることが2010年にわかりました」と、高柴教授は研究の経緯を解説する。
岡山県が国内生産量1位を誇るマッシュルーム。子実体と呼ばれる傘と根元の石づきからそれぞれ抽出したレクチンの性質を比較したところ、どちらにもバイオフィルム形成を抑制する働きのあることが確認された。
高柴教授によると、「安全性試験で細胞傷害性がないことがわかり、ヒトの口の中でバイオフィルム形成を抑制していることも確認されています」とのことだ。現在、マッシュルームの石づきは1日に約2トン廃棄されており、研究の成果は、未利用資源の有効活用としても期待されている。
マッシュルームと同様に、最近の研究では、岡山県や島根県、そして三重県などで取れる「ミル(海松)」という海藻から抽出したレクチンにもバイオフィルムの形成を妨げる働きのあることがわかってきた。高柴教授らの研究を受け、レクチンを含む商品がこれまでにいくつか開発され、その後継品も開発中とのことだ。
「虫歯菌や歯周病菌だけに目を向けるのはよくありません。これらだけを狙って殺菌すると、黄色ブドウ球菌やカンジダ菌の勢力が増してしまいます。生かさぬよう、殺さぬよう、共存という考え方が重要です。必要に応じた歯の治療と定期的な口腔衛生管理を受けながら、自宅ではレクチンなどを用いて口腔細菌の健全なバランスを守るというのが望ましく、これらは介護の負担軽減にもつながるはずです」と、高柴教授は口腔ケアの今後のあり方について話してくれた。