甲府発、国際品質の有機サフラン 農福連携でブランド化推進 万能生薬としての“薬効”にもあらためて脚光

地域発

食卓に天然の鮮やかな黄色を。スリーピークス(山梨県甲府市、峰岸一郎社長)では、農薬や化学肥料を使用しない自然農法でサフランを栽培している。乾燥サフランをはじめ、サフランほうじ茶やサフラン玄米茶など、これまでに5つの商品が甲府ブランド“甲府之証”に認定された。6月18日、サフラン農場「キツネファーム」を訪ねた。

キツネファームの加工場には、5月に掘り上げた球根が、3枚ある畑のどこで育てられたものかわかるように、畑ごとに色分けされたタグのついたトレイの中で保管されていた(球根の植えつけは11〜12月)。現在、乾燥の工程の最中だ。十分に乾燥した球根はハサミで先端を切り取られた後、箱詰めされ、きれいに並べられていく。これらは手作業で行われている。

先端の切り取られたサフランの球根

秋に紫色の花を咲かせるサフランは香辛料や染料、香料や生薬として、紀元前から活用されてきたアヤメ科の多年草。イランやスペインなどが主な産地で、近年では中国における生産量も増加している。乾燥させた深紅のめしべの先端が“いわゆるサフラン”。一輪からわずか3本しか採取することができない貴重なものだ。乾燥サフランは、パエリアやブイヤベース、ミラノ風リゾットやクスクスなどに使用されている。

2014年に甲府市でサフランの栽培を始めたスリーピークスの峰岸一郎社長

サフランが日本に伝わったのは江戸時代といわれている。「食材としての印象が強いかもしれないが、サフランは生薬として日本に入ってきた。血の巡りをよくするとされ、生理不順や更年期障害などに使用されてきた。薬の箱を見たことがある人は少なくないのでは」と話すのが、キツネファームや加工場を案内してくれたスリーピークスの峰岸一郎社長だ。

日本で生薬として使用されてきたサフラン。峰岸社長は歴史を学ぶことが大切と話す

同社は、特殊鋼加工を手がける峰岸商会が2017年に設立した農業法人。2017年に創業50周年を迎えた峰岸商会の三代目でもある峰岸社長がサフラン栽培に乗り出したのは、2014年のこと。製造業とは異なる形で、山梨における新たな産業創出に貢献したいという思いがあったというが、なぜサフランだったのか。

「父が大病を患い、食と健康について考えるようになった。そんなときに出合ったのが、体にもいいというサフランだった。ぼんやりと眺めていたテレビで偶然サフランが特集されており、球根を取り寄せてみた。しばらく放置していたのだが、いつの間にか芽を出していた。その生命力に魅了された」と、峰岸社長いわく“自然と導かれるように”新規事業はスタートしたそうだ。

峰岸社長は、日本におけるサフランの最大産地である大分県竹田市を訪ね、JAおおいた竹田の担当者や組合長の指導を受け、サフランの薬効研究の第一人者である長崎国際大学薬学部の正山征洋名誉教授のもとにも足を運んだ。サフランを“国産生薬”としても見ていたからだ。正山名誉教授の研究では、サフランの香り成分や色素成分である「サフラナール」「クロシン」による抗腫瘍作用や脳神経保護作用などが報告されていることがわかった。

第一人者を訪ねるほか、サフランについて記された文献も取り寄せ、独自の栽培法を確立した

「栽培法や学術的なことを学んできた。甲府の冬を越せるかがいちばんの不安だったが、栽培はおおむねうまくいっている。当初、1週間かかっていた掘り起こしの作業も、今年は2日で済んだ」と話す峰岸社長。こだわってきたのが、品質管理とトレーサビリティの強化だ。安心・安全の確保はもちろんのこと、国際的に問題となっている産地偽装などに巻き込まれないようにする狙いもあった。

栽培法の改良を重ねてきた同社は2016年以降、サフランの品質を定めた国際規格「ISO(ISO3632-2)」の検査を毎年受け、3段階で最上位にあたる「CategoryⅠ」の品質を維持している。2018年には、日本で初めてサフランの「有機JAS認証」「ASIA GAP認証」も取得した。

「ほかの産地では、稲刈りをした後の田んぼでサフランの球根を育てるのが一般的のようだ。牛糞と鶏糞だけで土を作るサフランの専用畑はめずらしいのではないか。有機JAS認証とASIA GAP認証は今後、一つの強みになると考えている」と峰岸社長は解説する。

秋になるとサフランは紫の花を咲かせる(開花前だったため残念ながら写真のみ)。染料や芳香蒸留水としての活用も検討中とのこと

同社は農福連携にも力を入れている。「障害というのは人によって分類されたものでしかなく、それぞれが輝ける場所はあるはずだ。近隣の社会福祉法人つくし会のメンバーと協力しながら、花摘みやサフランの採取、商品開発を進めてきた」という峰岸社長。栽培のノウハウを伝え、10000球の球根を同会に寄贈した。可能性は無限。障がい者の真の自立を期待してのことだ。

スリーピーク社のサフラン商品は甲府市にある岡島百貨店などで販売されている

作業を終えたメンバーからある日、「これまで紙を折ることだけが仕事だと思っていたし、仕事というものがよくわからなかった。サフランを植えて土から掘り起こし、花を摘んでめしべを取る。そして商品ができていく。これが僕の仕事だ。地域や社会の役に立っているかな」といわれた峰岸社長は、「もちろん……」と答えながら涙した。

彼らに対して何ができるか模索していたときのできごとだったため、「サフラン栽培が役に立つと確信した。彼らのためにも成功させなくてはいけない」と、サフランの特産化に対する峰岸社長の思いは強くなったという。

サフランの栽培は、軽度の知的障害のある生徒が在籍する山梨県立桃花台学園農業科の授業の一つにもなった。特産品として定着しつつあるサフラン栽培のノウハウを地域内で共有するとともに、生徒が「稼ぐ力」を身につける手段の一つとしても期待されている。

球根にもめしべに含まれている機能性成分が存在することがわかってきたそうだ

常に新たな挑戦を続ける峰岸社長の頭の中には、すでにいくつかのプロジェクトが存在している。2018年には、山梨学院大学健康栄養学部の名取貴光准教授によって、サフランの球根に含まれる成分が、認知症のモデル動物の症状改善に役立つ可能性が示唆された。峰岸社長は球根の新たな用途の開発のほか、染料や芳香蒸留水など、サフランの花を使用した商品開発を検討中だ。

「今秋には、成し遂げるどころか、まだ誰も取り組んだことのない秘密のプロジェクトを始める予定だ」と、峰岸社長は笑顔で話してくれた。甲府発のサフラン・プロジェクトは、一人の情熱によって地域に備わる力が引き出されていく好例といえるだろう。

日本の身土不二 編集部

“機能性研究”という切り口で、農産物・海産物といった地域資源の高度付加価値化、ゼロエミッションの取り組みを取材しています。