津軽地方の伝統野菜「そばもやし」をご存じだろうか。生産量の減少が続く中、青森県では廃校を活用したそばもやしの新たな栽培法や機能性の研究などに産学官で取り組んできた。あすなろ理研(青森県平川市、嶋津学社長)によって画期的な栽培法が確立されたほか、弘前大学や青森県産業技術センターによる研究では、生活習慣病の予防効果も明らかになりつつある。
そばもやしとは、発芽して間もないそばの新芽のこと。豆類や野菜の種子を発芽させた植物の新芽は「スプラウト」とも呼ばれ、サラダやお浸しとして食されている。
植物は種子から芽を出すときに成長力のピークを迎え、それに伴い固有の栄養成分が急速に増えていくといわれている。ふだんの食事に取り入れることが生活習慣病の予防に役立つとされ、スプラウトは近年、健康食品としても人気が高くなっている。そばスプラウトには、ポリフェノールの一種である「ルチン」などのファイトケミカルが含まれている。
最近では、乳酸発酵というひと手間が加えられた“発酵そばの芽”も開発されている。2019年、静岡県立大学薬学研究院附属薬食研究推進センターとかげやま医院によって、間質性膀胱炎患者を対象とした臨床試験の結果が発表されたばかりだ。

津軽地方の地場野菜として古くから親しまれてきたそばもやしは、光に当てて発芽を促すほかの産地とは異なり、遮光した環境で栽培されている。光を遮ることによって、葉は淡い黄色、茎は絹のような美しい白色のまま成長していく。シャキシャキとした食感と、ほのかな酸味が得られるという利点があるという。
近年、津軽地方におけるそばもやしは、生産量の減少が続いていた。「核家族化や夫婦共働きという背景の中、利便性や手軽さが求められるようになった。そばの実の殻を取り除かないと食べられないという煩わしさもあって、そばもやしの消費量とともに生産農家も減っていった」と話すのは、あすなろ理研の木村諄光顧問だ。
「あすなろガーデンパーク」を運営しているあすなろ理研では、2011年から廃校を活用したそばもやしの栽培に取り組んできた。小学校の閉鎖が決定した後、“校舎を有効活用する方法はないだろうか”と、木村顧問が平川市から相談を受けたのがきっかけだった。

約20年前から、そばの殻を除去した後に新芽を発芽させる栽培法について独自に研究を行なってきた木村顧問は、「廃校を視察したところ、そばもやしの栽培に最適な環境であることがわかり、“これだ”と思った。平川市の支援を受けながら水耕栽培を始め、殻のないそばもやしを出荷できるようになった」と振り返る。
木村顧問の長年の取り組みが実を結び、水でさっと洗うだけで食べられるようになったそばもやし。現在、青森県内のスーパーマーケットなどに陳列されるようになった(価格は150㌘入りで300円前後)。そのほか、青森県内の旅館やホテル、飲食店でも“地元食材”として、そばもやしは提供されている。「生産量を増やしながら、高付加価値化にも取り組んでいきたい」と、木村顧問は話している。
実際に、新たな価値となりうる健康食材としてのポテンシャルについても検証が進められている。弘前大学では、青森県の産業振興や地域振興を目的として産学連携の取り組みを支援する弘前大学グロウカルファンド「弘大GOGOファンド」の中で、そばもやしの生理活性を研究している。
弘前大学大学院保健学研究科の山内可南子助手(生体検査科学領域)は、大友良光准教授らとそばもやしの研究を続けており、弘前大学大学院保健学研究科、東北女子大学、東北女子短期大学、弘前医療福祉大学、弘前学院大学によって設立された「保健科学研究会」などで成果を発表してきた。同研究会では、保健医療福祉環境の改善、食生活の改善に関する研究のほか、健康教育などに力を入れている。
リンク:保健科学研究会
「青森県は生活習慣病の罹患者が多く、平均寿命が全国で最も短い短命県となっている。私たちは、動脈硬化の予防に役立つルチンのほか、免疫力の亢進や抗アレルギー効果などの作用で注目されるパントエア菌が多量に含まれるそばもやしの研究を続けている」と話すのが、山内助手だ。山内助手が行なった試験では、そばもやしには、尿酸の2.1倍、緑豆もやしの25.9倍の抗酸化活性が認められた。
健康的なマウスと肥満のマウスの健康状態に、そばもやしがどのような影響を与えるかについても検証されている。高脂肪食のエサに加え、そばもやし抽出物を与えるマウス群と水を与えるマウス群にわけ、食後血糖値やインスリン分泌能の変化を調べるという内容だ。
「試験前と2週間の試験期間後にデータを取った結果、そばもやしを投与したことで、肥満マウスの食後血糖値の上昇が緩やかになることがわかった。そばもやし投与群のほうが、食後のインスリン抵抗性が低く、糖代謝が改善するという結果も得られている」と、山内助手は解説する。今後、そばもやし抽出物の投与によるインスリン分泌能や炎症状態の変化などについて、よりくわしく解析していく方針だ。
そのほか、青森県産業技術センターと農研機構食品研究部門による研究では、マウスに乾燥凍結したそばもやし抽出物を投与する実験が行われた。その結果、抗酸化作用・抗炎症作用に加え、顕著な美白作用が確認・報告されている。
「そばもやしは、サプリメントや化粧品原料の新素材としての可能性も秘めている」と話す木村顧問は、地場野菜を守るとともに、そばもやしの新たな価値の創出を目指していく。鮭鼻から抽出されたプロテオグリカンが地域素材としてブランド化されている青森県。プロテオグリカンに次ぐ、機能性素材の誕生が待ち望まれている。