京都府立大学の中村考志教授と佐々木梓沙助手らは、京野菜の一つである桂ウリの機能性研究や、桂ウリを原料とする商品開発を進めている。細胞実験や動物実験では発がん抑制効果が示唆されており、人間を対象とする試験では、桂ウリの完熟果ドリンクを飲んでも血糖値の上昇は緩やかであることがわかってきた。これらの取り組みの輪は地域に広がり、減少が続いていた桂ウリの生産者の数も数年前から増加に転じている。桂ウリの保護・再生産プロジェクトについて話を聞いた。
京野菜の一つとして知られる桂ウリは、越ウリの一種で、元和3年(1617)以前から京都で栽培されてきた。成熟すると30〜50㌢の大きさになる桂ウリは、古くから酒粕漬け(奈良漬)など和食の材料として身近な存在だった。桂地区を中心に長年栽培されてきた桂ウリだが、近年は手軽な浅漬けに押されて消費量の落ち込みが続き、数年前には生産者は1戸まで減少。絶滅の危機が迫っていた。
京都府立大学文学部和食文化学科の中村考志教授は、桂ウリの機能性研究や桂ウリを原料とする食品開発を続けている。新たなニーズを掘り起こしながら、桂ウリを保護するのが目的だ。「1996年に京都府立大学に来る前は、静岡で生活していた。スーパーマーケットで偶然見かけて購入した京都の金時ニンジンに包丁を入れた瞬間、幼少期に食べた野菜の香りを思い出した。間もなく京都に移り住むというときのことだった」と話すのが、中村教授だ。
中村教授は、京野菜の健康効果を京都府立大学での研究対象に選んだ。「品種改良によって食べやすくておいしい農産物が増えたものの、昨今の野菜からは本来の風味が失われつつあると感じている。私たちの研究の背景には、種の保存と機能性の解明という2つの柱がある」と、中村教授は話を続ける。
京都府農林センターで管理・栽培されている賀茂ナス・鹿ケ谷カボチャなど約10種類の京野菜を分析した結果、最も強い生物的抗変異作用が見出されたのが桂ウリだった。中村教授によると、「生物的抗変異作用は、簡単にいうと発がんの原因となるDNAの傷を正しく修復する活性を促進する働きである。活性成分の構造を確認していったところ、桂ウリに含まれるMTPEやMTAEという香気成分には、生物的抗変異作用など発がん抑制に関わる効果があるとわかった」とのことだ。この発見は、2010年に論文発表された。
その後、研究には食保健学科の佐々木梓沙助手が加わった。「完熟に近づくにつれて、桂ウリのメロンのような香りは増していく。しかし、熟度ステージが一定の段階を超えた完熟果は漬物には使えなくなる。保存性が低く、これらの多くは廃棄されてきた。機能性などの付加価値だけでなく、漬物の消費量が落ち込む中での桂ウリの新たな活用法も求められていた」と話すのが、佐々木助手だ。
中村教授と佐々木助手は、甘い香りが増す一方で食しても甘味をほとんど感じない桂ウリの基本的な性質にあらためて注目した。佐々木助手は、「成分を分析した結果、桂ウリに含まれる糖類はマスクメロンの3分の1であることがわかった。完熟果にゼロカロリーの甘味料を加えて、桂ウリのフレーバーや低甘味性を生かしたヘルシーなドリンクを作れないかという着想を得た」と振り返る。
桂ウリドリンクの試作品ができると、健康な人を対象とする試験が行われた。桂ウリドリンク・メロンジュース・グルコース溶液を飲んでもらった後の血糖値の上昇の推移を比較するという内容だ。「それぞれのドリンクを飲む日を決めて、10人の食後血糖値の推移を整理した。その結果、桂ウリドリンクは血糖値の上昇が緩やかであることがわかった。統計的に有意な差も確認されている」と、佐々木助手は結果を解説する。
その後、10人の糖尿病患者さんの協力のもと、同様の試験が行われた。佐々木助手によると、「桂ウリとメロンを比較した結果、桂ウリドリンクを飲んだ後のほうが食後血糖値の上昇はやはり緩やかだった」とのことだ。これらのデータを発表するとともに、桂ウリドリンクを病院の食堂のラインナップに加えてもらえないかと提案した。現時点では1ヵ所での導入にとどまるが、佐々木助手らは桂ウリドリンクの認知拡大にも力を入れている。
機能性研究についても、次の展開が見えてきた。佐々木助手らは、マウスを使った実験で桂ウリの抗腫瘍効果の検証を進めている。「生物的抗変異作用や抗酸化作用のあるMTPEやMTAEといった成分は、経口摂取した後、代謝されて活性が増すことがわかっている。食品成分では、めずらしい特性である。現在、ヒトのがん細胞を移植したマウスで効果を確認している」と、佐々木助手は語る。これらの実験結果も、最終的には論文として取りまとめていく予定だ。
桂ウリを保護する取り組みの輪は、地域で少しずつ広がりつつある。「2016年以降、新たな担い手が出てきて、1戸まで減少していた生産者は6戸に増えている。認知度の拡大などには時間がかかるが、プロジェクトを一歩ずつ前進させていきたい」と、佐々木助手は話している。機能性研究や商品開発の取り組みは、地域活性化や食育の観点からも注目度が高くなっている。