ウニは北海道を代表する海の幸の一つだ。現在、北海道医療大学の北市伸義教授は、ムラサキウニの外殻から抽出されるエキスについて研究を進めている。
あまり知られていないかもしれないが、ウニの外殻抽出物は戦前から、ノーベル化学賞を受賞したリヒャルト・クーンというドイツの生化学者らによって研究されてきた歴史がある。鉄を取り除く作用があると考えられ、ソビエト連邦では実際に、脳や心臓のうっ血を取り除くときの治療に用いられてきた。ウニの外殻抽出物には、赤血球に含まれる鉄を取り除く働きがあるからだ。
しかし、ソビエト連邦は西側諸国との情報交換がほとんどなく、報告書もすべてロシア語だったため、ウニの外殻抽出物に関する情報が多くの人の目にふれることは2000年代までなかった。北市教授の研究室でウニの外殻抽出物を用いた研究から始まったのは、2009年のこと。ロシアからの留学生とのやり取りがきっかけだった。
ウニの外殻抽出物の主成分は、エキノクロームという色素だ。「化学構造を調べると、活性酸素を除去することで、優れた抗炎症作用を示す可能性がある。天然成分であるため、副作用も少ないと考えられる」と話す北市教授は現在、ウニの外殻抽出物が、ぶどう膜炎の治療に役立つという仮説のもと、研究に邁進している。
ぶどう膜炎は、目の中に炎症を起こす病気の総称である。サルコイドーシス、原田病、ベーチェット病などが原因となることが多い。難病の一つで、北市教授によると、「ぶどう膜炎は先進国で40歳以上の中途失明原因の10~15%を占め、日本にも多数の患者さんがいる」とのことだ。
サルコイドーシスは、肺や気管支のリンパ節に腫れが生じるのが特徴的な症状で、全身の臓器に肉芽腫という肉のかたまりのような組織ができる特定疾患だ。20代で発症しやすく、50代以降になると男性よりも女性に多く見られる。ぶどう膜炎になると、霧がかかったように視界がぼやけたり、視野の中心が見にくくなったりする症状が現れるほか、緑内障になって重度の視力低下に至る場合もある。
原田病は、急に両目に網膜剥離が生じて視力が低下してしまう病気で、自分の色素細胞に対して免疫反応が起こることが原因と考えられている。目のほかにも、色素細胞がある脊髄や皮膚、髪、内耳などの組織も侵されるため、髄膜炎や難聴、皮膚の白斑、白髪、脱毛などが生じる。
ベーチェット病は、目や皮膚をはじめ、全身に炎症をくり返す原因不明の病気だ。目の症状は男性に多く、男性の約70%、女性の約45%程度に見られる。特に男性は重症化することで失明率が高い傾向がある。ベーチェット病も特定疾患に指定されている。
「ぶどう膜炎の治療には、ステロイド、免疫抑制薬のほか、生物学的製剤という高価な抗体医薬などが使われてきた。しかし、十分な効果が得られずに失明に至ることも珍しくない。薬の副作用によって治療を断念せざるをえないケースも少なからずある」と、北市教授は治療の難しさを指摘する。
エキノクロームの抗炎症作用がぶどう膜炎に有効か
北市教授が行った動物実験では、ウニの外殻抽出物に含まれるエキノクロームの抗炎症作用が確認され、ぶどう膜炎に対して有効であることが明らかになった。
実験では、大腸菌由来リボ多糖(LPS)を200μg投与し、ぶどう膜炎の状態を引き起こしたラットを使用。前房水という目の中を循環する液体に含まれる、炎症性サイトカイン「TNF-α」の量を測定した。
ラットに200μgのLPSを投与するのと同時に、体重1㎏あたり、それぞれ10㎎、1.0㎎、0.1㎎のエキノクロームを静脈内に投与。24時間後に、前房水を採取して、エキノクロームを投与してラット群と投与していないラットを比較した。その結果、エキノクロームを投与したラットでは、投与していないラットに比べてTNF-αの量が少ないことがわかった。
「これまで産業廃棄物として膨大な量が捨てられてきたウニの外殻だが、主成分であるエキノクロームは、ぶどう膜炎に有効である可能性がある」という北市教授。現在、医薬品か健康食品のいずれかの形での商品化を目指している。
ぶどう膜炎の治療法としての利用の確立は、環境にも大きな負担になっていたウニの外殻という産業廃棄物の有効活用にも繋がるため、さらなる研究に期待が寄せられている。