玉川大学農学部の新本洋士元教授は、キハダ樹皮が中性脂肪の蓄積を防ぐメカニズムについて長年研究してきた。「ベルベリン」という成分が脂肪細胞の分化を抑制していることが明らかになり、研究の成果は2018年に発表された。“商品開発”の選択肢が広がることによる林業者の経営基盤の強化が期待される。
キハダは、日本全国の山地で見られるミカン科キハダ属の落葉樹。生薬として活用されている樹皮には、アルカロイドのベルベリンやトリテルペノイドのオーバクノンが含まれている。乾燥粉末は「オウバク(黄柏)」と呼ばれ、胃腸の調子を整えたり、炎症を抑えたりする薬効を持つ。キハダ樹皮は、古くには染料として使用されていた歴史もある。
宮城県では、林業の生産性向上を目的とした取り組みの一環として、2018年からキハダの植栽の研究を進めている。木材に比べて、短期間で商品化できる樹皮に目を向けたものだ。例えば、木材としてのスギの加工・出荷には約50年かかるのに対し、キハダ樹皮は約15年で商品化できる。
キハダの用途拡大のために、古くから生薬として活用されてきたキハダの健康機能性についても研究が進められている。キハダ樹皮の健康機能性の解明に取り組んできたのが、玉川大学農学部の新本洋士元教授だ(2019年に退職)。
「農水省東北農業研究所(当時)に勤務していたころ、東北の農産物の健康機能性を調べていた。その過程で、キハダ樹皮に中性脂肪の蓄積を抑制する強い働きがあることを発見し、2005年に報告した。アルカロイドの一種であるベルベリンによるものだった。その後、2007年に赴任した玉川大学でメカニズムの解明を進めてきた」と、新本元教授は研究の経緯を振り返る。
2018年、キハダ樹皮中のベルベリンの作用がマウスの細胞を用いた実験で検証された。インスリンを添加したマウスの脂肪細胞分化誘導液と、同様の分化誘導液にベルベリンを加えた液(以下、ベルベリン混合液)を14日間、高グルコース培養液にて培養した。
培養細胞の総量は3mlに調整され、それぞれ1mlあたり1.0 µgのインスリン、ベルベリン混合液には1mlあたり2.0 µgのベルベリンが添加された。培養後には、細胞の脂質合成酵素活性および中性脂肪量を測定。培養から7日めには、培養器に発現した脂肪細胞分化因子が採取・分析された。
実験の結果、マウスの脂肪細胞分化誘導液に比べ、ベルベリン混合液の脂質合成酵素活性は低く、中性脂肪量も少ないという結果が得られた。また、脂肪細胞分化因子受容体は分化誘導液では強く発現していたのに対し、ベルベリン混合液では発現が抑制されていることがわかった。「ベルベリンの有無を問わず、インスリンの作用は2つの分化誘導液ともに確認された。ベルベリンは脂質合成因子と脂質合成酵素活性に作用して、中性脂肪の蓄積を抑制することがわかった」と、新本元教授は実験結果を解説する。
一定の成果が得られたものの、キハダ樹皮を原料とする商品開発には制約がある。キハダ樹皮は、厚生労働省が定める「専ら医薬品として使用される成分本質(原材料)」に指定されているからだ。「キハダの葉や実は非医薬品で、健康食品としても商品化できる。葉や実の機能性を明らかにできれば」と、新本元教授は実用化の課題を語っている。
国産木材の需要の縮小は続く。林業の衰退は森林の荒廃に繋がるため、日本では林業経営者による新産業の創出が必要とされている。機能性研究は事業者の挑戦を後押しする取り組みの一つとなっている。