キクイモには、ポリフェノールやイヌリンなどの機能性成分が含まれている。整腸作用や血糖値の上昇抑制作用といった健康効果を明らかにすることでキクイモの生産・消費拡大を目指す地域がある一方、農研機構・北海道農業研究センターでは、焙煎による栄養成分や味の改良を進めている。各地の取り組みによって、キクイモは身近な“健康食材”になりつつある。
北アメリカが原産のキクイモは、キク科ヒマワリ属の多年草。日本には江戸時代に伝わったとされる。家畜の飼料として導入され、第二次世界大戦中には果糖やアルコール原料として、戦後には食料難解消のための作付統制野菜として栽培されてきた。その後、食用として栽培されることは少なくなったが、現在、各地で野生化したキクイモを見ることができる。佐賀県など、産学官連携でキクイモの特産化を推進している地域もある。
キクイモには、抗酸化作用のあるポリフェノールをはじめ、難消化性多糖類のイヌリンが豊富に含まれている。「イヌリンには整腸作用・脂質異常症改善作用・抗糖尿病作用など、さまざまな働きがある。私たちは、イヌリンの塊茎の加工用途の開発とともに、健康機能性について研究している」と話すのは、農研機構・北海道農業研究センターの石黒浩二グループ長だ。
キクイモは低温でも育ちやすく、北海道でも産地拡大に向けた動きがある。石黒グループ長は生産普及を後押しするために、油や水を使わずに素材を加熱乾燥させる焙煎によるキクイモの性質の変化について研究している。石黒グループ長によると、「日本人にはキクイモの風味は馴染みにくい。一部の企業は焙煎したキクイモ茶を製造しているが、成分や味の変化に関する報告は限定的だった」とのことだ。
2018年、焙煎キクイモのポリフェノール含量と活性酸素消去能、α-グルシコダーゼ阻害活性とイヌリン含量が測定された。凍結乾燥した1㎝角のキクイモ10gをオーブンで熱風焙煎し、焙煎の温度と時間の組み合わせを変え、それぞれの測定結果を比較していくものだ。焙煎温度は、110℃・130℃・150℃・170℃・190℃・210℃、焙煎時間は15分・30分に設定。3度の焙煎をくり返した後、焙煎キクイモを乾燥粉末にした。ポリフェノールとイヌリンの量は、焙煎粉末を熱水で3分間抽出したキクイモ茶様飲料でも評価された。
各項目を測定した結果、活性酸素消去能とα-グルシコダーゼ阻害活性は170℃以上の焙煎で有意な増加を示し、190℃・30分の組み合わせで最大になった。「焙煎によりカフェ酸誘導体というポリフェノールは減少したが、総ポリフェノール量は未処理の約7倍に増えた。カフェ酸誘導体が別の抗酸化物質に変化し、抗酸化力が高くなった結果と考えられる」と石黒グループ長は解説する。
カフェ産誘導体の一つであるクロロゲン酸を主成分とするコーヒー豆は、焙煎によってクロロゲン酸は減少するものの、ピロカテコールや2−メトキシ−4−ビニルフェノールなどが増加し、結果的に抗酸化力が増すという報告もあるという。
一方、イヌリンの含有量は、190℃・30分の焙煎では激減することがわかった。石黒グループ長によると、「焙煎でキクイモの抗酸化力とα-グルシコダーゼ阻害活性は高くなるが、焙煎しすぎるとイヌリンが破壊されてしまうようだ。焙煎キクイモの生産にあたっては、適度な機能性成分量を維持するために、温度と時間を適切に選定する必要がある」とのことだ。
現在、石黒グループ長は焙煎によって変性するキクイモの機能性成分の特定を進めている。有効成分が特定されれば、作用機序などを動物実験で検証していく道筋がつく。「今後は焙煎キクイモで抗糖尿病作用を検証していく予定だ。焙煎キクイモ茶様飲料でもイヌリンやポリフェノールが抽出され、味覚にも優れているという結果も得られている。さまざまな飲食品に利用できるはずだ」と、石黒グループ長は話している。
具体的には、きな粉風粉末、菓子素材、パンや麺への添加物としての用途が想定されている。そのほか、総ポリフェノール量が最大となる190℃・30分という条件で焙煎したキクイモ粉末は、ノンカフェインコーヒーとしての利用も考えられるとのことだ。
飽食の時代となりキクイモの存在は忘れられていった。一方、飽食の結果、食の欧米化もあり糖尿病をはじめとする生活習慣病は増加しつつある。健康機能性が見出されたいま、現代病の解決策の一つとしてキクイモが密かに注目されている。