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紅タデスプラウトのヒペロシド、高血圧や動脈硬化など線維化の予防・改善に 産学官研究の成果続々 福岡大

福岡大学筑紫病院の浦田秀則教授は、高血圧や高血圧に起因する脳卒中や心臓病、腎臓病などの予防・改善に役立つ食品の研究・開発を産学官連携で進めてきた。今年10月に開催予定の「日本高血圧学会」でも最新の研究成果が発表される「紅タデスプラウト」は、その有力候補として注目されている。高血圧治療の新常識となった「キマーゼ阻害」の重要性を解明してきた研究者に会うために、福岡県筑紫野市を訪ねた。

2019年7月29日、浦田教授が勤務している福岡大学筑紫病院にて取材

紅タデは、薬味や刺身のツマとして食されている日本原産の植物。「蓼食う虫も好き好き」ということわざで知られるタデの一種で、平安時代から胃腸薬や香辛料として使用されてきた。現在、紅タデの生産量日本一を誇るのが福岡県だ。同県中南部が最大の産地で、全国で流通している約75%の紅タデが筑紫地域にある朝倉市から出荷されている。

福岡県朝倉市は紅タデの生産量日本一を誇る

「久留米市にある福岡県工業技術センター生物食品研究所では、未利用部位を含む福岡県産の食材が1000種類ほど管理されている。水・熱水・エタノールで抽出された各食材のライブラリーがあり、その中からキマーゼ阻害活性効果のある食品を2010年から探してきた」と話すのが、福岡大学医学部の浦田秀則教授だ。浦田教授は、福岡大学筑紫病院の循環器内科部長を務めている臨床医でもある。

「キマーゼ」は、肥満細胞中に存在する酵素の一つ。自らの手でヒトの心臓から抽出・純粋化・クローニングしたヒトキマーゼが血圧の上昇に関与することを、浦田教授は世界に先駆けて発表した。1990年から始まった研究の成果だ。近年ではキマーゼの多機能性が報告されており、血管や臓器の炎症・線維化にも関与していると報告されている。肺の線維化が進む間質性肺炎(肺線維症)なども、キマーゼとの関連が指摘されている病気の一つだ。

リンク:キマーゼの発見とその阻害薬の可能性

高血圧は、アンジオテンシンIIという昇圧ホルモンが受容体に結合することも大きな原因である。腎臓の働きと蜜にあるレニン・アンジオテンシン系と呼ばれる経路だ。従来、アンジオテンシンIIを産生するのはアンジオテンシン変換酵素(ACE)が中心と考えられてきた。実際、降圧療法の現場では、ACE活性を抑制するACE阻害薬、アンジオテンシンIIがアンジオテンシンII受容体と結びつくのをブロックするARBが第一選択肢となっている。

アンジオテンシンIIの産生経路(浦田教授提供)

浦田教授によると、「1980年代後半に、それまで血圧には悪さをしないとされていたキマーゼがアンジオテンシンIIを増やすこと、ヒトの心臓の組織レベルではアンジオテンシンIIの8割はACEに依存せずに作られていることを明らかにした。食塩の過剰摂取の人だと、既存の薬の効果が鈍化するという治療現場での事実もあり、キマーゼに着目した研究を進めてきた」とのことだ。

高血圧に対するキマーゼの関与を発見した浦田教授は、塩分過多による高血圧モデルマウスを用いた実験を行い、キマーゼ阻害剤によって降圧効果が得られることや、心拍が抑制されることなどを次々に明らかにしていった。高血圧対策には、ACE阻害だけでは不十分であることが示された形だ。

紅タデスプラウトに含まれるヒペロシドの健康機能性が明らかになりつつある

こうした実績を持つ浦田教授は、福岡県産食材の機能性研究に加わることになった。キマーゼ阻害に狙いを絞り、福岡県工業技術センター生物食品研究所の食材ライブラリーの分析を進めた結果、紅タデには優れた活性があることがわかった。

「紅タデにはルチンやケルセチンなど複数のフラボノイドが豊富に含まれていた。最も多く特徴的だったのは、ヒペロシドというケルセチン配糖体だ。スプラウトと呼ばれる新芽には成長タデの6.7倍、1㌘あたり15.09㍉㌘のヒペロシドが存在することも明らかになった」と、浦田教授は紅タデの機能性成分について解説する。なお、ルチンやケルセチンを含む同じタデ科のそばの新芽にも降圧作用があり、最近では、発酵エキスが間質性膀胱炎の症状緩和に役立つことも報告されている。

紅タデスプラウトの乾燥粉末を原料とするサプリメントが開発されている

浦田教授は、生産者やエヌ・エル・エー(福岡市、千堂純子社長)と連携しながら紅タデスプラウトの乾燥粉末を試作し、研究をさらに進めていった。先述の阻害剤を使った実験と同様、塩分投与によって高血圧を引き起こしたマウスに、ヒペロシドを含む乾燥粉末を投与すると血圧が下がることなどを確認した後、研究はヒト試験のフェーズに入った。

2015年には、男性8人(30〜64歳)、女性3人(年齢47〜53歳)を対象に、紅タデスプラウトの乾燥粉末を飲んでもらう試験が実施された。浦田教授によると、「試験期間の2ヵ月で、いわゆる上の血圧を意味する収縮期血圧が下がっていった。有意差も認められ、“baPWV”という動脈硬化の指標も基準値以下に改善した」とのことだ。

その後に行われた「前向き二重盲検偽薬対照比較試験」という試験には、軽度の高血圧に該当するものの降圧剤は飲んでいない県内の20人(男性11人、女性9人、年齢48〜79歳)が参加した。1日400㍉㌘の紅タデスプラウト乾燥粉末を飲んでもらうグループと、紅タデの含まれていない偽薬を飲んでもらうグループに分け、12週間の試験期間中の朝・夜の家庭収縮期血圧、朝・夜の家庭拡張期血圧、家庭心拍数の変動を記録するという内容だ。

浦田教授の仮説どおり、良好な結果が得られた。「試験参加者は、想定よりも多い1日平均12㌘前後の塩分を取っていたが、いずれの項目も紅タデスプラウト乾燥粉末グループ群で改善が見られた。塩分によって皮膚でキマーゼが増えることがわかっている。減塩がまずは重要だが、塩分過多の高血圧患者にも紅タデが有効となる可能性を示せた」と、浦田教授は試験結果を総括する。

浦田教授は、現在も紅タデの産地を訪ねている。生産者との信頼関係を築きながら、安心・安全な原料を安定的に供給していくためだ。「高血圧の人は現在、およそ4200万人。予備軍はさらに2000万人いる。脳卒中や心臓病、腎臓病などの引き金になるが、血糖値・肝機能値・尿酸値などと違い、血圧の測定値は軽視されがちだ。減塩などの重要性の啓蒙とともに、高血圧の予防・改善策を示していきたい」と、浦田教授は話している。

国内外でのニーズが想定される紅タデスプラウトの普及には課題も残っている。原料の紅タデが高価なものであり、商品は高額になりがちだ。さらなるエビデンスの蓄積のほか、継続しやすい価格帯での商品開発が望まれている。

日本の身土不二 編集部

“機能性研究”という切り口で、農産物・海産物といった地域資源の高度付加価値化、ゼロエミッションの取り組みを取材しています。