日本の発酵食品の魅力を広めたい──。共立女子大学家政学部臨床栄養学の上原誉志夫元教授(医学博士)は、発酵食品の健康効果を長年研究している。ひよこ豆発酵食品の研究には、2015年に着手。2017年の動物実験では、麦麹ひよこ豆発酵食品の血圧・血糖値の上昇抑制効果、尿中たんぱくの減少やeGFRの改善効果が確認された。上原博士は、生活習慣病の予防・改善につながる新規発酵食品の開発を目指している。
南西アジア原産のひよこ豆は、マメ亜科の豆の一種。種子には10〜13mmほどの肌色の大粒種と7〜10mmほどの濃褐色の小粒種の2種類がある。半乾燥地帯が栽培適地で、生産量が多い国には、上位からインド、オーストラリア、パキスタンが名を連ねる。一方、日本では現在、メキシコ・米国・カナダなどから輸入されたひよこ豆が主に流通している。日本の気候はひよこ豆の栽培には不向きであるものの、最近は“国産ひよこ豆”の産地化を目指す動きも見られている。
「ひよこ豆を米麹や麦麹といった麹菌で発酵させると、味や香りのいい良質なみそができる。みそは大豆を発酵させて作る調味料と定義されているため、“ひよこ豆みそ”とは呼べないが、麹菌ひよこ発酵食品には、みそと同等以上の健康効果があることがわかってきた」と話すのが、上原誉志夫医学博士だ。
みそには、1300年の歴史がある。古くは大宝律令(701年)にさかのぼり、927 年の延喜式には生活に溶け込んでいったと記されている。近年、塩分を含むみそは高血圧との関連が指摘される一方、豊富な栄養素を含む日本の伝統食品という評価を受けている。上原博士によると、「意外かもしれないが、みそと血圧の関係は長い間、検証されていなかった。みそを対象とした私たちの研究では、実験的には食塩感受性高血圧での血圧上昇を抑制したり、人間の高血圧でも血圧を低下させたりすることが確認された。塩分過多に注意は必要だが、LDLコレステロールや中性脂肪を下げることもわかっている」とのことだ。
みその健康効果に触れた上原博士が興味を持ったのが、大豆以外の“豆類発酵食品”の機能性だった。みその製法にならって、大豆・小豆・ひよこ豆・ささげ・白いんげん・そら豆・赤えんどう・緑豆の米麹発酵食品を作ると、共立女子大学の学生の協力のもと、色・香り・味、舌触り・塩気などの官能検査を行った。その結果、ひよこ豆が大豆に次いで高く評価された。
「新規の食品開発を想定して、ひよこ豆を中心に研究を進めた。小豆や大福豆も比較対象に加えて実験をくり返したところ、ひよこ豆の発酵には米麹よりも麦麹が適していることがわかった」と話す上原博士。2017年には、麦麹ひよこ豆発酵食品の機能性研究が動きはじめた。麦麹ひよこ豆発酵食品による血圧変動を調べると、食塩感受性ラットの高血圧の改善が認められた。降圧作用は、みそと同等かそれ以上だったそうだ。
さらに、麦麹ひよこ豆発酵食品が血糖値に与える影響についても検証された。実験に用いられたのは、フルクトース負荷2型糖尿病モデルのラット20匹。食塩水投与群10匹、麦麹ひよこ豆発酵エキス入りの食塩水投与群10匹の2群に分けられたラットは、自由に水を飲める環境で飼育され、4週間の試験期間中はフルクトースを含むエサが与えられた。
その結果、麦麹ひよこ豆発酵食品群のラットには血糖値の上昇抑制効果が確認された。「インスリンの分泌量は2群に差はなかったが、血糖値は麦麹ひよこ豆発酵エキス摂取群のみ下がっていた。この結果は、インスリン抵抗性改善の可能性を示唆している。腎機能に関連する尿中たんぱくの減少、推算糸球体濾過量と呼ばれるeGFRの改善も認められた。これらは、みそでは見られなかった効果だ。麦麹ひよこ豆発酵エキスには、糖尿病性腎障害を抑制する働きがあるかもしれない」と、上原博士は解説する。
血圧や血糖値などの改善効果は、単独成分による働きではなく、麦麹ひよこ豆発酵エキス中の複数成分が、さまざまな成分を組み合わせた漢方のように作用した結果であると考えられるそうだ。上原博士は、「発酵は大きな可能性を秘めている。今回紹介したのは動物実験の結果だが、今後、ヒトでも効果を検証していきたいと考えている。最終的には、生活習慣病の予防・改善の助けとなるような新しい発酵食品の開発につなげたい」と、最後に話してくれた。