北海道大学大学院の五十嵐靖之客員教授の研究グループは、コンニャクイモに含まれるグルコシルセラミドの摂取で、アルツハイマー型認知症の原因とされる脳のアミロイドβの量が減少することを2019年に動物実験で確認した。動物実験の結果を受けて、2020年5月からヒト試験で有効性の検証を進めている。コンニャクイモの消費量の低迷が続く中、新市場開拓を後押しする成果が期待されている。
コンニャクイモはサトイモ科の多年草で、地下球茎はコンニャクの原料となる。日本における主要産地は群馬県で、同県産のコンニャクイモだけで国内の収穫量の90%以上を占めている。コンニャクイモは種芋を植えてから出荷されるまでに2〜3年かかるうえに病気や害虫に弱いため、栽培にかかる手間やコストが大きい農産物とされている。
近年、低カロリー食品として改めて注目されているものの、日本では“コンニャク離れ”が進んでいる。実際、1990年に1世帯あたり3,807円だったコンニャクの年間消費額は、2000年以降は2,000円前後で推移している状況だ。こうした背景の中、群馬県は地域の主要産業を守るために、コンニャクイモの新たな市場開拓を模索してきた。
群馬県の取り組みを後押ししているのが、北海道大学大学院先端生命科学研究院の五十嵐靖之客員教授だ。ダイセル(大阪市北区、小河義美社長)の研究者で、北海道大学や群馬大学の客員教授も務める向井克之氏とともに、コンニャクイモの高度付加価値化の道を探っている。セラミド研究の第一人者である五十嵐客員教授が注目しているのが、コンニャクイモに豊富に含まれているグルコシルセラミドというスフィンゴ脂質だ。グルコシルセラミドをはじめとするセラミドは、健やかな肌を保つサプリメントや化粧品の原料として使用されている。
「コンニャクイモに含まれるグルコシルセラミドは、ほかの植物と比べて抜群に量が多い。2005年、コンニャクイモの精製粉末を製造しているダイセルとの共同研究で、コンニャクイモ由来グルコシルセラミドの機能性研究に着手した」と、五十嵐客員教授は振り返る。皮膚に対する作用を検証した結果、2009年に皮膚バリアの形成促進作用、2012年に皮膚内のセラミド産生促進作用が明らかになった。
現在、五十嵐客員教授らのグループはダイセルとの共同研究に基づき、コンニャクイモ由来グルコシルセラミドのアルツハイマー型認知症の予防効果の検証を進めている。五十嵐客員教授によると、「細胞から分泌されるエクソソームという物質にアルツハイマー型認知症の原因とされるアミロイドβという物質を除去する可能性があることを、グループの湯山耕平特任准教授と2012年に明らかにした。グルコシルセラミドやセラミドがエクソソームの働きに関係することも報告されていたため、アルツハイマー型認知症の予防効果の研究に着手した」とのことだ。
2014年、五十嵐客員教授らがマウスの脳内にエクソソームを注入したところ、脳のアミロイドβの量が減少することが改めて確認された。その後、湯山特任准教授が中心となって、コンニャクイモ由来グルコシルセラミド摂取によるアルツハイマー型認知症の予防効果を動物実験で確認。研究成果は、2019年に論文発表された。
この実験では、アミロイドβが脳に蓄積しやすい13ヵ月齢のモデルマウスを使用。増粘剤溶液だけを口から投与する10匹、コンニャクイモ由来グルコシルセラミド1mgを含む増粘剤溶液を口から投与する10匹にマウスを分け、自由にエサを摂取できる環境で14日間飼育した。その後、マウスの脳のうち海馬・大脳皮質・小脳に含まれるアミロイドβの量を調べた。なお、海馬はアルツハイマー型認知症の病変が初期に生じる脳の部位である。一方、大脳皮質はアルツハイマー型認知症の進行に伴って病変が見られるようになり、小脳はほとんど変化しないとされている。
マウスの脳を調べた結果、海馬と大脳皮質のアミロイドβの量は、増粘剤溶液だけを投与した群よりコンニャクイモ由来グルコシルセラミド入り増粘剤溶液を投与した群のほうが有意に少なかった。一方、小脳のアミロイドβの量は両群に有意な差がなかった。
さらに、コンニャクイモ由来グルコシルセラミドがエクソソームに与える影響を確認するため、両群のマウスを5匹にして同様の実験が行われた。その結果、飼育期間後の両群の血液のエクソソームの量はほぼ同じだった。一方で、NCAM-1という神経細胞に存在するたんぱく質がエクソソームに発現する量を調べたところ、増粘剤溶液だけを摂取した群より、コンニャクイモ由来グルコシルセラミド入り増粘剤溶液を摂取した群のほうが多かった。
一連の研究で、コンニャクイモ由来グルコシルセラミド摂取によるアルツハイマー型認知症の予防効果の解明に一歩近づいた。五十嵐客員教授によると、「コンニャクイモ由来グルコシルセラミドの摂取で、脳のアミロイドβを除去するエクソソームの作用が促進されることを証明できた。記憶力を調べる“Y字迷路実験”でも、マウスの短期記憶の改善が確認されている」とのことだ。
脳のアミロイドβの量が減少するメカニズムの解明も進められている。五十嵐客員教授は、「摂取された多くの食品成分は、血液脳関門という関所を通過できないため脳に届かない。摂取されたコンニャクイモ由来グルコシルセラミドは、血液脳関門を経て脳に届くことがダイセルとの共同研究によってわかってきた。現在、発表の準備を進めている」と説明する。2020年5月には、軽度認知障害と診断された高齢者を対象とするヒト試験も始まっており、コンニャクイモ由来グルコシルセラミド摂取による認知機能の改善効果を検証していく方針だ。