大分県別府市には、泉質の異なる「別府八湯」と呼ばれる8つの温泉がある。明礬温泉は別府八湯の一つで、湯の花の産地としても知られている。湯の花の成分であるミョウバン(天然アルミニウム硫酸塩)の品質・採取量はともに、江戸時代には日本一だったとされる。
別府大学の仙波和代教授(食物栄養科学部)と地元企業のゆふ・は(大分市、新名宏二社長)ら産学官で構成されるプロジェクトチームは、地域活性化の取り組みとして、別府湯の花の機能性研究と、湯の花を活用した商品開発を進めてきた。
プロジェクトには、別府大学の学生が積極的に関与しており、2018年3月に開催された文部科学省主催の第7回サイエンス・インカレにおける「別府『湯の花』の皮膚に対する効果」と題する研究成果の発表は、優れたプレゼンテーションに参加企業から贈られる「ファーウェイ賞」に選出された。自然科学を学ぶ全国の大学生や高等専門学校生からなる参加者の中から入選を果たした注目の研究の一つだ。
湯の花の正体は、地中から湧き出した温泉中の成分が大気と接触するときに固形化した沈殿物である。明礬温泉で作られる別府湯の花は、ほかの温泉地で採取される湯の花とは性質が異なる。別府湯の花はお湯に溶けやすく、全国で唯一の医薬部外品の入浴剤として認められているそうだ。
別府湯の花の生産は、江戸時代から始まったとされる。藁葺小屋の中に「ぎち」と呼ばれる青粘土を敷き詰め、床から温泉の噴気を取り入れる方法で、湯の花の結晶を採取していく。「湯の花の結晶は1日に1㍉ずつしか成長しない。1~2ヵ月かけて、少しずつ集めていく。2006年に、重要無形民俗文化財に指定された伝統的な製法だ」と、仙波教授は解説する。
古くから湯の花は、天然の入浴剤として多くの人から愛されてきた。あせもやいんきん、湿疹やしもやけをはじめ、肩こりや腰痛、神経痛や冷え性など、語り継がれてきた薬効は幅広い。しかし、明確な裏づけがあったわけではない。
「科学的に検証された研究論文などの文献がなかったため、特産品である湯の花が皮膚を介してほんとうに健康効果をもたらすかどうかに興味があった」という仙波教授らは、産学官連携事業(戦略的研究基盤形成支援事業)として、別府湯の花の機能性研究をスタートさせた。
仙波教授が注目したのが、肌のトラブルに対する別府湯の花の効果だ。「ミョウバンがアトピーの民間療法として使用されていたことがヒントになった」と仙波教授は振り返る。アトピー患者など、肌のトラブルを抱える8人のボランティアの協力のもと、別府湯の花を練り込んだクリームを患部に塗布する試験を実施した。その結果、約1ヶ月で、8人全員に症状の改善が見られたのだ。
アトピーの原因の一つとして、皮膚に存在する黄色ブドウ球菌の増殖が挙げられる。別府湯の花は、黄色ブドウ球菌に対する抗菌効果を発揮することがわかった。黄色ブドウ球菌に別府湯の花を添加すると、1時間で菌の量が減ることが確認されたのだ。別府湯の花の濃度が高くなるほど効果が増すことも明らかになった。
その後の研究では、別府湯の花が、免疫システムのバランスを調整することもわかってきた。シーソーのようにバランスを取っているTh1細胞とTh2細胞という免疫細胞のうち、アトピーでは通常、Th2細胞が優位になっているとされるが、仙波教授によると「樹状細胞に別府湯の花を添加したところ、Th1細胞が活性化する一方でTh2細胞の動きが抑制されるという現象が確認された」ということだ。
これらの結果は、経口摂取ではなく、別府湯の花の入った温泉に漬かったり、クリームを塗布したりすることで、肌の悩みが改善する可能性を示唆している。研究成果は、先のサイエンス・インカレで報告されたほか、地元企業のゆふ・はで取得した「黄色ブドウ球菌抑制溶液、アトピー性皮膚炎治療液、アトピー性皮膚炎治療液の使用方法、化粧品、洗浄液及び消毒液」という特許に繋がっている。
ゆふ・はからは現在、別府湯の花を練り込んだクリームやせっけんが販売されている。「地元の資源にフォーカスした研究の成果が、地域活性化の一助になれば」と仙波教授は話している。