沖縄では長寿につながる体にいい食べ物はヌチグスイと呼ばれる。沖縄県の伝統的な農産物のクワンソウも、その一つだ。ソムノクエスト(那覇市、江口直美社長)は、クワンソウの葉から抽出した有用成分「ヒプノカリス」の研究を続けている。民間伝承薬として、古くから親しまれてきたクワンソウ。産学官連携研究によって明らかになりつつあるヌチグスイの実力を探るべく、沖縄を訪ねた。
これまでの研究で、血流改善効果のあるヒプノカリスには、体の中にこもった熱を放熱して深部体温を下げることで寝つきをよくし、質の高い眠りをもたらす働きがあることがわかっている。
日本睡眠学会に所属する薬学博士でもある江口社長が「ソムノはフランス語で睡眠を意味する。睡眠について探求・追求しつづける」と話すとおり、ソムノクエスト社が眠りの悩み解消にかける思いは強い。同社が開発したヒプノカリスのネーミングからも、その熱を感じることはできる。ヒプノカリスは、ギリシャ神話に登場する眠りの神「ヒプノス」、ギリシャ語で美と優雅を司る女神たちを意味する「カリス」に由来する造語だそうだ。
アキノワスレグサという和名を持つユリ科の伝統島野菜。宮古島ではシファンツァ、石垣島ではパンソーと呼ばれるクワンソウにはリラックス効果があるとされ、沖縄では古くから「葉などを煎じて飲むと、安眠効果が得られる」と伝えられてきたが、有効成分はよくわかっていなかった。
薬学を学び、薬剤師になった後、医薬品開発の道に進んだ江口社長が睡眠の研究者に転身することとなった背景には、自身の不調があった。忙しい研究生活の中で睡眠時間が短くなり、心身ともに疲労困ぱいという生活を送っていたというのだ。
「当時、女性の社会進出などもあって、不眠で悩んでいる人が多いことに気づいた。睡眠障害の低年齢化も気がかりの一つだった。睡眠の質は脳の発育や発達に大きく影響するからだ。医食同源の観点から解決策を模索しているときに出合ったのが、沖縄で“眠り草”と呼ばれるクワンソウだった」と江口社長は振り返る。
琉球王朝の時代から珍重されてきたクワンソウに魅せられ、関西から沖縄への移住を決意した江口社長は、沖縄県産業振興公社のベンチャー支援の補助事業に認定され、“天然の睡眠改善剤”の本格的な研究開発に乗り出した。2006年のことだ。
古来、煎じて飲まれていたクワンソウ茶よりも効果・安全性を高めたヒプノカリスの抽出に成功すると、ソムノクエスト社はさらなる機能性の検証を重ねていった。日本睡眠学会認定機関の名嘉村クリニック(浦添市)では、名嘉村博院長・睡眠呼吸センター長の協力のもと、ボランティアを対象とした試験が行われた。
試験参加者を2群にわけ、ヒプノカリスとプラセボ(偽薬)を食べてもらった後、試験用の室内で一晩眠ってもらい、夜10時から翌朝6時までの就寝中の脳波と筋肉の緊張度などを記録した結果、4時間以内にノンレム睡眠の増加が認められていたのはヒプノカリス群では13人中12人だった。ノンレム睡眠の増加は、深い熟睡状態の継続を意味し、夜中に目が覚めてしまう中途覚醒を減らす効果もあるという。
臨床の場でもヒプノカリスを応用しているストレスケアを専門とする、かいクリニック(那覇市)の稲田隆司院長は、「ヒプノカリスを飲む前と飲んで60分後の画像を比較すると、60分後の皮膚表面の温度が上がっているのがわかった。手足の皮膚の血流が徐々に早くなり、指先の平均温度は0.9℃高くなっていた。深部体温を下げて自然な入眠を誘発し、安全性が高く依存症がないことを意味する」と解説する。
ソムノクエスト社には現在、ヒプノカリスの愛用者から「血流がよくなって、肩こりや目の疲れがらくになった」「長く飲みつづけるうちに、めまいや耳鳴りが改善した」「飲みはじめてから肌の調子もよくなった」という便りが届くこともあるそうだ。
同社は現在、快眠と認知症予防の関係にも注目している。「アルツハイマーの原因となるアミロイドβは、睡眠時間が短かったり、睡眠の質が悪かったりすると、脳に滞りやすいという報告が出てきた。ヒプノカリスがアミロイドβの排出に役立つかもしれない」と江口社長は期待を寄せる。ヌチグスイとしてのエビデンスの確立を目指し、今後も地域の産業振興にも繋げていく考えだ。