ハンドソープなど液体せっけんが市場の主役となっているいま、肌に優しい高付加価値の固形せっけんがあらためて脚光を浴びている。九州をはじめ全国に多くのファンを抱える「黒なまこの石鹸」も、その一つだ。2008年の試験販売以降、ロングセラー商品となっている。
黒なまこの石鹸は、大村湾漁業協同組合、大村湾水産加工品販売、サティス製薬、長崎大学によって開発された。2010年には、農商工連携認定事業者として九州経済産業局より認定されている。
【リンク】大村湾産黒ナマコの成分を活用した保湿効果の高い石鹸等の開発と販売
日本の本土最西端の長崎県のほぼ中央部に位置する大村湾。楕円系の内湾で、穏やかな波が海岸に打ち寄せることから「琴の海」と呼ばれることもある。そんな大村湾の海産資源の一つがナマコだ。大村湾には、赤・青・黒の3種のナマコが生息している。日本では古来、ナマコを食料として利用してきた歴史がある。食用とされてきた赤ナマコと青ナマコは、大村湾の名産品として親しまれてきた。
一方、赤・青と同じ生息域で暮らす黒ナマコは国内ではあまり好まれない。そのため、高級食材「黒いダイヤ」として珍重される中国に輸出してきた歴史がある。しかし、水分を多く含む大村湾産の黒ナマコは加工にコストと時間がかかるため、採算性は決して高くなかったという。新たな有効活用法を探るべく、大村湾漁協では内臓を塩辛にした「このわた」や卵巣を干した「このこ」など新たな商品を開発してきたが、成果は思わしくなかった。
黒ナマコを活用した新商品開発を進めなくてはならない理由はほかにもあった。当時、赤・青・黒のナマコの漁獲量の減少傾向が続いていた。ニーズの高い赤・青ばかりを獲ることによる生態バランスの悪影響との説もあったのだ。
黒なまこの石鹸開発のヒントは、意外にも日常にあった。黒ナマコの収穫は冬。ボイルの工程で煮汁に触れたり、湯気を浴びたりしている女性の肌には、空気が乾燥する季節でも潤いがあった。肌がすべすべしている理由を調べると、古くからナマコエキスを使ったせっけんがあることがわかった。
山田耕史先生(長崎大学大学院医歯薬学総合研究所の)に相談したところ、せっけんの開発をすすめられた。黒ナマコには、コラーゲンやセラミドといった美肌成分のほか、サポニンが豊富に含まれているからだ。黒ナマコのヌルヌル成分の正体はサポニンで、せっけんに加工すると泡立ちをよくする働きがあることを教わった。
そもそも黒ナマコは、中国から伝来した漢方・薬学書『本草綱目(ほんぞうこうもく)』にも掲載されている。腎臓や消化器系の働きをよくし、消炎、解熱などの効果があると記されている。滋養強壮、皮膚病にも効果があるとされる。実際、近年では抗菌効果などが明らかになっている。
敏感肌や乾燥肌、アトピーの人など、誰もが安心して使える安全なせっけんを作りたい――2008年、黒なまこの石鹸の開発が始まった。安全性試験や細胞毒性試験などを重ねていった。関係者や顧客の助言を受けながら試作・改良をくり返し、“安心・安全な黒なまこの石鹸”は2年がかりで誕生した。コラーゲン、ヒアルロン酸、コエンザイムQ10、炭が配合されている。大村湾水産加工販売カスタマーサービス室長の内藤さんは「いちばん苦労したのがにおいの問題だった。香料などは使いたくなかった」と振り返る。
地元の催事やラジオなど地道なPRを重ねていく中、全国放送のテレビや雑誌で取り上げられる機会も増え、地元から全国へとファンは広がっていった。顧客の声を聞きながら商品を開発するスタイルは、いまも変わっていない。現在、シャンプー、コンディショナーのほか、クレンジングジェル、モイスチャーローション、クリームと、ラインアップは増えている。せっけん同様、いずれも無香料だ。
黒なまこの石鹸は地域経済の循環だけでなく、資源保護にも貢献している。黒なまこの石鹸の収益は大村湾漁協に還元され、一部は、稚魚の放流するためにも使われている。黒ナマコの乱獲を防ぎながら稚魚を戻すことで、赤・青・黒のナマコの漁獲量の減少を食い止めるのが狙いだ。「海とともに生きてきた者たちが海の恵に気づき、それを形にして人々に届け、そしてまた海へと還元する」というのが、コンセプトとなっている。
現在、黒ナマコの販促チームは、首都圏での催事にも積極的に参加している。詳細は、大村湾漁業協同組合HP催事情報(http://www.e-namaco.com/event)にて。