「高付加価値化をめざした食用資源の健康長寿・未病効果の科学的評価」と題する学内研究に力を入れている近畿大学。同研究に携わる農学部の澤邊昭義准教授は、食品の機能を「1次機能」「2次機能」「3次機能」に分類して、農産物の新たな用途開発を試みている。これまでの研究で、摘果柿には食品の風味の劣化を防ぐ働きや、体内における糖化反応を抑制する働きなどがあることがわかってきた。摘果柿を利用した“高齢者用食品”とは──。
「近畿大学では医・薬・農学の研究者との連携体制のもと、食用資源の中から生活習慣病の予防効果のある機能性成分を探索する『高付加価値化をめざした食用資源の健康長寿・未病効果の科学的評価』という研究に取り組んできた。各地の6次産業化の後押しをしながら、超高齢社会における健康寿命の延伸につなげていくことを目的としている。前回ご紹介したコリアンダーシードの研究も、その一環である」と話すのが、近畿大学農学部応用生命化学科の澤邊昭義准教授だ。
澤邊准教授は、食品の機能を「1次機能」「2次機能」「3次機能」に分類して、未利用資源を含む農産物の新たな用途の開発に奔走している。澤邊准教授によると、「1次機能はカロリー摂取による栄養機能、2次機能は感覚応答機能、3次機能は生態調節機能と位置づけている。2次機能の風味や3次機能の健康効果については、廃棄されている農産物を有効活用できる可能性がある」とのこと。今回は、収穫前に間引きされる柿の未熟果「摘果柿」の研究について話を聞いた。
奈良県は、全国2位の柿の生産量を誇る(1位は和歌山県)。澤邊准教授は、2016年から摘果柿の研究を続けている。「今年の3月に大学院修士課程を修了した学生から、『未利用の柿について研究したい』という提案を受けたのがきっかけだった。学生の実家は奈良県五條市で柿農家を営んでいるため、廃棄されている摘果柿に対する問題意識があったのだろう」と、澤邊准教授は研究の経緯を振り返る。
9〜12月に収穫期を迎える柿の未熟果は、7〜8月に間引きされている。澤邊准教授によると、「五條市には、刀根早生柿と富有柿という主要品種がある。間引き後にそのまま廃棄される量は、刀根早生柿は10㌃(1反)あたり2000〜8000個で100〜400㌔、富有柿は3800個で190㌔にのぼるといわれている」とのことだ。
澤邊准教授は、刀根早生柿と富有柿の果皮と果肉の粗抽出物・ヘキサン抽出物・1−ブタノール抽出物・水抽出物を作成して、摘果柿の2次機能と3次機能を探っていった。「2次機能については、飲料やエマルションに使用されるシトラールという香り成分の劣化抑制効果を、3次機能については、終末糖化産物と呼ばれるAGEの生成阻害活性を調査した。柿エキスの添加による効果を検証した後、活性をもたらす有効成分を特定していくという実験だ」と、研究の概要を説明する。
先行して、AGEの生成阻害活性が検証された。各抽出物がどれくらいの量(濃度)でAGEの働きを50%阻害するか調べる試験では、1−ブタノール抽出物に強い活性がある傾向が認められた。澤邊准教授によると、「1例を紹介すると、刀根早生柿果皮の1−ブタノール抽出物からは9種類のフェノール類が単離された。プロアントシアニジン、没食子酸、カテキンなどは、優れた阻害活性を持っていた。フェノール類のほかにも3種類のトリテルペンの単離に成功しており、そのうち2つは新規の化合物であることがわかった」とのことだ。
刀根早生柿果皮の1−ブタノール抽出物は、シトラールの飲料やエマルションを模した溶液の劣化抑制効果を調べる実験でも使用された。「レモンなどの香り成分であるシトラールは、酸化によって劣化してしまう。刀根早生柿果皮の1−ブタノール抽出物を添加した溶液と添加していない溶液を比較して劣化抑制効果を検証したところ、添加した溶液は飲料・エマルションのいずれでもシトラールが長く多く残ることがわかった。実際、劣化によって増える石油系のにおいも抑制されていた。効果は、低濃度のエキスの添加でも認められた」と、澤邊准教授は解説する。
澤邊准教授は、柿の2次機能と3次機能を活かした商品開発を進めている。「食品を細かくした高齢者用食品には、保存のためにシトラールを含む添加物が入っていることが少なくない。シトラールの劣化とともに食品の味が落ちていき、食欲を失ってしまう人がいる。柿エキスの研究が実用化すれば、高齢者用食品の風味を保ちながら動脈硬化につながる糖化を予防することもできる。長期保存のデータなどを蓄積していき、研究の成果を社会に還元していきたい」と、澤邊准教授は最後に話してくれた。