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岩手大発、養蚕の新たな技術と価値を継承 不老長寿の妙薬“養蚕イノベーション”の鍵はまるごと利用

世界一の養蚕技術を誇ってきた日本だが、1920年代に220万戸ほどあった養蚕農家は現在、約330戸まで減少したとされている。そんな中、岩手県では“養蚕イノベーション”というキーワードのもと、従前、業の主役であった生糸(絹)だけではなく、クワ、カイコ、サナギ、マユ、カイコ冬虫夏草へと視野を広げ、次世代に包括的な養蚕の新たな技術や価値を継承しようという取り組みが進められている。

「岩手県の中部に位置する紫波町にある志和稲荷神社の看板には、“クワは不老長寿の妙薬”という記載がある。美しい絹を作るカイコや、カイコが食べているクワに秘められた力を科学的に明らかにするために研究に邁進してきた」と話すのは、岩手大学発ベンチャー企業のバイオコクーン研究所(盛岡市)の鈴木幸一社長(岩手大学名誉教授)だ。同社は、鈴木社長が大学に在籍していたときのスズキラボと旧東白農産企業組合が合併する形で2016年に設立された。

万病の予防に効用があるとされてきたクワ。枝の活用法の研究も進められている

クワは古くから健康にいいものと考えられていた。鎌倉時代初期、明菴栄西によって取りまとめられた医学書『喫茶養生記』には、「クワの葉は万病の予防に効用がある」と記されている。「統計的に把握できないほどに衰退した養蚕は、このままでは富岡製糸場と絹産業遺産群という形でしか残らないと危惧している。先人たちが伝えてきたことを現代の科学で解明し、後世に引き継いでいく」というのが、鈴木社長のミッションだ。

消炎作用や利尿作用があるクワの根皮はすでに中国の新農本草経の中にあり、「ソウハクヒ」という身近な生薬として処方されてきた。鈴木社長は、健康食品の原料として使用できる地上部に目をつけ、17年前からクワについて研究をしてきた。

鈴木社長によると、「クワの葉にはサツマイモの9倍の食物繊維、牛乳の27倍のカルシウム、豚レバーの3.4倍の鉄のほか、血糖値の上昇を緩やかにするDNJ、悪玉コレステロールの酸化を抑えるQ3MGという特有の成分が含まれている」とのことだ。研究の成果を受け、地元企業の更木ふるさと興社(岩手県北上市)によってクワ茶が開発された。

細胞を観察している鈴木社長。実験・観察のくり返しが養蚕イノベーションに繋がる

岩手大学との共同研究では、未利用資源となっていたクワの枝のアンチエイジング効果も明らかになりつつある。通常よりも年を取るのが早い老化促進マウスを使った実験では、髪の表面を覆っているキューティクルが甦るという結果が得られているそうだ。

エタノール抽出したクワ枝エキスを12週間経口投与したところ、傷んでいたマウスの体毛が修復するという効果が確認された。「老化によってマウスの毛もザラザラとしてくる。画像や摩擦の係数を検証した結果、クワ枝エキスによって表面がツルツルになることが証明された。ヒトでの検証はこれからだが、美髪効果があると考えている」と解説する鈴木社長。髪だけではなく、体内の老化を遅らせる働きもあると見ているそうだ。廃棄されていたクワ枝の新たな機能性が証明されれば、商品開発の選択肢も広がっていくはずだ。

細胞培養の実験の一コマ。今後、新たな機能性が明らかになるかもしれない

クワのほかにも、絹やカイコ冬虫夏草の機能性にも注目が集まっている。鈴木所長によると、「シルクパウダーの製造法の確立と有効成分の分析、美容・健康効果、その分子メカニズムの解明、安全性評価などを行っている。また、カイコ冬虫夏草については、認知症の予防・改善効果が明らかになりつつある」とのこと。生糸の生産とは異なる新たな健康食品・医薬品素材の開発を視野に入れている鈴木所長が目指しているは、養蚕イノベーションだ。

「先人の知恵を活かし、次の世代に継承していくのはもちろんのこと、衰退していくもの、あるいは廃棄されてきたものから新たな価値を見出していくという取り組みは、ますます重要になっていくのではないか」と、最後に鈴木社長は話してくれた。世界一の伝統的な養蚕から新しい養蚕へ。今後の研究成果にも注目したい。

日本の身土不二 編集部

“機能性研究”という切り口で、農産物・海産物といった地域資源の高度付加価値化、ゼロエミッションの取り組みを取材しています。

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