奈良県では、ヤマトタチバナの植樹が進められている。ヤマトタチバナの果皮にはノビレチンやタンゲレチンといったフラボノイドが豊富に含まれており、奈良県産業振興総合センターによる研究では、果実全体の凍結乾燥粉末の抗酸化活性・α-グルシコダーゼ阻害活性などが確認された。同県で見られるヤマトタチバナは2000本を超え、加工食品も続々と開発されている。
ミカン科ミカン属のヤマトタチバナは、日本固有の柑橘類。直径2〜3㎝の果実には、ヤマトタチバナ特有の芳香・苦味・酸味がある。長寿のシンボルとして古事記や日本書紀にも登場しており、ヤマトタチバナは古くから人々の暮らしを支えてきたとされている。実際、果皮は「橘皮」と呼ばれる生薬として、胃の不調や風邪の治療などに用いられてきた。
近年、ヤマトタチバナの減少は続き、絶滅が危惧されている。都市開発などが主な原因だ。古くからヤマトタチバナが自生していた奈良県では2016年以降、植樹や果実を原料とする加工食品の開発を進めてきた。
奈良県産業振興総合センターのバイオ・食品グループは、栄養成分や健康機能性の分析といったアプローチでヤマトタチバナの再生を後押ししている。なら橘プロジェクト推進協議会(和歌山県大和郡山市、城健治会長)から相談を受けたのが、共同研究のきっかけだった。
「苦味と酸味の強いヤマトタチバナは生食に不向きで、同協議会では加工利用の方法を模索していた。ウンシュウミカンなど柑橘類の研究は数多くあるものの、ヤマトタチバナの機能性はほとんど知られていなかった。付加価値の高い加工食品の開発に向けて、ヤマトタチバナの機能性研究に着手した」と話すのは、バイオ・食品グループの清水浩美研究員だ。
同グループでヤマトタチバナの成分分析を進めたところ、果皮にはノビレチンやタンゲレチンというフラボノイドが豊富に含まれていることがわかった。ノビレチンやタンゲレチンには、抗酸化作用・抗炎症作用のほか、血糖値の上昇を抑制する働きや、ガン・認知症を予防する働きなどがあると報告されている。清水研究員によると、「ヤマトタチバナに含まれるノビレチンやタンゲレチンの量は、ウンシュウミカンの約20倍だった」とのことだ。
同グループは2018年、成熟したヤマトタチバナの果実に含まれる機能性成分と生理活性を検証した。試験管を用いた実験では、果皮や種子を含む果実全体の凍結乾燥粉末から抽出したエキスを試薬として、ウンシュウミカンなどに多く含まれるβ-クリプトキサンチンというカロテノイドの含有量のほか、活性酸素消去能とα-グルシコダーゼ阻害活性が測定された。
その結果、ヤマトタチバナの果実に含まれるβ-クリプトキサンチンの量は、ウンシュウミカンの果実の約4割に止まったのに対し、活性酸素消去能とα-グルシコダーゼ阻害活性はウンシュウミカンと同等だった。
実験結果について清水研究員は、「ヤマトタチバナの果実とウンシュウミカンの果実に含まれる機能性成分は異なるが、同等の生理活性が得られた。ヤマトタチバナの健康効果を解明する道が拓けた」と話している。今後、動物実験で機能性の裏づけとなるデータを集めていく方針だ。
2019年、奈良県に定着したヤマトタチバナは2000本を超え、収穫された果実の量は1.5tに達した。現在、県内のヤマトタチバナは、まんじゅうやキャンディ、ジャムなどの原料として利用されている。2020年には、加工食品のラインナップはさらに増える見込みだ。
清水研究員によると、「ヤマトタチバナの実は小さい上に種が多く、一次加工がネックになっていたが、“協力したい”と名乗りを挙げる地元企業が出てきた。地域で協力しながら、研究から商品開発まで進めていきたい」とのことだ。絶滅が危惧されているヤマトタチバナが地域連携の取り組みで再生し、奈良県の新産業としての成長を遂げつつある。